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Monday, September 30, 2013

抗議声明:安倍首相と日本政府は責任回避の言動を繰り返すのではなく日本軍「慰安婦」問題への責任を直視し履行せよ

日本軍「慰安婦」問題や戦時性暴力を扱い定評のある「女たちの戦争と平和資料館」のメーリングリストに投稿された、安倍首相の国連総会演説への抗議声明を、梁 澄 子 (Yang Ching Ja)さんの許可を得て転載します。私もこの演説について聞いたとき、「女性の国会議員や企業の経営者の比率も世界的にも最低レベルの日本から、戦時の性暴力に対する日本軍関与を否定し、男女平等や性教育、夫婦別姓を否定する保守思想を持ち、戦前的な子育てを促進する「親学」を支持する首相が国連で唱える「女性の地位向上」をまともに受け取る人間がいるのだろうか」とツイートしました。@PeacePhilosophy

安倍氏の国連総会での演説の映像とテキストはここにあります。
http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/26generaldebate.html

このブログでの過去の関連記事:
成澤宗男: 安倍晋三と極右歴史修正主義者は、世界の敵である
http://peacephilosophy.blogspot.ca/2013/01/muneo-narusawa-shinzo-abe-far-rightist.html

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本日未明、安倍首相はニューヨークの国連総会で演説し、「憤激すべきは、21世紀の今なお、武力紛争のもと、女性に対する性的暴力がやまない現実だ」と述べた上で、「犯罪を予防し、不幸にも被害を受けた人たちを、物心両面で支えるため、努力を惜しまない」決意を表明しました。しかし、報道によると、これは欧米各国と共に女性の人権問題に積極的に取り組む姿勢を強く訴えることで、「慰安婦」問題に伴う日本のイメージ低下を防ぐねらいがあるとされています。このようなことで日本軍「慰安婦」問題への責任を回避することはできないことを明確にするため、日本軍「慰安婦」問題解決全国行動は本日付で緊急声明を発表しました。
拡散をお願いします。
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緊急声明

安倍首相と日本政府は責任回避の言動を繰り返すのではなく
日本軍「慰安婦」問題への責任を直視し履行せよ

 安倍首相は本日未明(ニューヨーク現地時間9月26日)、国連総会で演説し、「憤激すべきは、21世紀の今なお、武力紛争のもと、女性に対する性的暴力がやまない現実だ」と述べた上で、「犯罪を予防し、不幸にも被害を受けた人たちを、物心両面で支えるため、努力を惜しまない」決意を表明、女性の権利を守る国際的な取り組みを支援していく考えを示した。報道によると、演説の半分を「女性の人権重視」にあてた安倍首相の今回の演説は、欧米各国と共に女性の人権問題に積極的に取り組む姿勢を強く訴えることで、「慰安婦」問題に伴う日本のイメージ低下を防ぐねらいがあるという。

 日本政府が女性の権利を守る国際的な取り組みを支援することは歓迎すべきことである。しかし、そのことをもって日本軍「慰安婦」被害者に対する加害責任を免れたり、ほんの少しでも薄めたりすることはできない。また、21世紀の武力紛争下の性暴力を強調することで、20世紀の日本の戦争犯罪をごまかすことはできない。むしろ、過去の犯罪の放置が現在の犯罪の連鎖を生んでいることを肝に銘じなければならない。

 20年を越える歳月、日本政府に国家責任の履行を求めてきた被害者と私たち市民は、今も世界各地の武力紛争下で女性に対して加えられている性暴力を、日本軍「慰安婦」問題と同一線上にあるものと考えてきた。それゆえ、かつて日本軍の性暴力を受けた女性たちに謝罪と賠償を勝ち取ることが、現在も武力紛争下で続く性暴力への不処罰の連鎖を断ち切り、引いてはこのような暴力を根絶することにつながると信じている。

 言い換えるならば、軍隊による性暴力に国家責任を取って世界に範を示す機会が、20余年もの間、日本政府に与えられてきたということだ。第2次大戦中の被害女性が名乗り出て、謝罪と賠償と名誉回復を加害国政府に求めた例は他に類を見ない。この求めに応じることこそが、紛争下で今も続く女性への暴力を根絶し、被害者を支援する道である。にもかかわらず、自らの責任からは目を背け、「イメージアップ」のためにこれを利用しようとしているのだとしたら、断じて許すことはできない。

 「日本政府から賠償金が出たら、未だに私たちのような目に遭っている女性たちに全部あげたい」との韓国人被害者・金福童ハルモニ、吉元玉ハルモニの発言を受けて、韓国では昨年「ナビ(蝶々)基金」が立ち上げられ、コンゴの被害女性たちに毎月支援金が送られている。さらに、今年に入って、ベトナム戦争時に韓国軍人の性暴力を受けた女性たちの生活費支援、その子女らの学費支援へと支援対象を広げている。このような民間レベルの取り組みを通して、被害者たちが国境を越えて互いを知り、支え合う連帯の輪が広がっていることを、日本政府は認識すべきである。

  一方、第24回国連人権理事会会期中の9月11日(ジュネーヴ現地時間)、韓国挺身隊問題対策協議会とアムネスティ・インターナショナルが共催したサイドイベント「日本軍性奴隷生存者のための正義」に、日本政府は招待されたが欠席した。そして、書簡を通して「日本は反省とお詫びの気持ちを度々表明してきた」としたうえで、「安倍総理が8月15日に戦没者慰霊祭で『歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ』と発言した」と述べた。さらに「安倍総理と内閣は『慰安婦』に深い同情と配慮を感じている」と書いている。

 安倍首相の今年の戦没者慰霊祭式辞は、歴代首相が表明してきたアジア諸国に対する加害責任と「深い反省」「哀悼の意」、「不戦の誓い」を意図的に省いて、内外から強い批判を浴びたものだ。にもかかわらず、これを「お詫びと反省の気持ち」の表明と言い放ち、「慰安婦」にされた女性たちに対して加害国が決して口にしてはならない「同情と配慮」などという言葉を投げつける態度には、呆れるばかりである。サイドイベントに、韓国から遠路出席していた金福童ハルモニの怒りはいかばかりであったろうか。それは、被害者を繰り返し傷つけ怒らせるだけの無礼な態度であることを、今一度強調せざるをえない。

 上記イベントに出席したパブロ・デ・グリーフ真実・正義・賠償・再発防止の促進に関する特別報告者は、「日本軍『慰安婦』問題に対する日本のお詫びは充分ではなかった」と指摘し、「公式謝罪は被害者が権利の所有者であることを明確に確認するものでなければならない」「日本軍性奴隷問題を解決しないことは不信を生む」としたうえで、「アジア女性基金は、日本軍『慰安婦』問題を解決できなかった」と強調した。また、日本の教科書から「慰安婦」記述が削除されたことに深い憂慮を示した。

 20余年におよぶ被害者たちの闘い、そして、同じく20年以上続いて来た国際機関の勧告、国際世論の求めに誠実に応えることが日本政府に求められている。

 にもかかわらず、政府は6月18日、「(国連)勧告は法的拘束力を持つものではなく」、「締約国に対し、当該勧告に従うことを義務付けているものではない」という答弁書を閣議決定した。このような国連無視、国際世論軽視の姿勢を閣議決定しながら、一方で資金を出せば国際的な「イメージダウン」を防ぐことが可能だと考えているのだとしたら、それは国際社会を愚弄するものである。

 日本が戦時性暴力被害者のために世界に貢献しようとするならば、まず、日本軍「慰安婦」被害者に対する自らの責任を果たさねばならない。それこそが、日本にだけ出来る国際貢献でもある。
 安倍首相と日本政府は、責任回避の言動をこれ以上繰り返すのではなく、日本軍「慰安婦」問題の事実と責任を直視し、被害者への謝罪と賠償を直ちにおこなうよう強く要求する。

2013年9月27日

日本軍「慰安婦」問題解決全国行動
共同代表  梁澄子 渡辺美奈

Friday, September 27, 2013

『広島ジャーナリスト』から転載:「原爆投下正当化論が戦後米国の神話形成」-オリバー・ストーン、ピーター・カズニックを迎えた広島でのシンポ報告

広島ジャーナリスト」9月15日号に掲載された、8月5日に広島で開催されたオリバー・ストーン、ピーター・カズニックを迎えたシンポジウムの報告記事を許可をもらった上で転載します。


原爆投下正当化論が戦後米国の神話形成

ストーン&カズニック、広島で語る

 「オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史」(早川書房、全3巻)と、それに基づくドキュメンタリー映像で現代歴史観の虚構性を暴いた映画監督オリバー・ストーンさんとアメリカン大准教授ピーター・カズニックさんが今夏、日本を訪れ広島、長崎、東京、沖縄で発言した。このうち、田中利幸・広島市立大広島平和研究所教授、平和運動家乗松聡子さんと臨んだ8月5日のシンポジウム「アメリカ史から見た原爆投下の真実」の議論の要旨を掲載する。ストーン監督らは「原爆投下正当化論が第2次大戦後のアメリカの『神話』を形成している」と強調、米ソの覇権争いが原爆投下の背景にあるとした。「8・6ヒロシマ平和へのつどい2013実行委員会」主催。広島市中区で開かれ、約300人が聴き入った。(文責・「広島ジャーナリスト」編集部)



投下直後は米世論の85%「支持」
田中利幸 オリバー・ストーン監督です。それから、ピーター・カズニック先生。乗松聡子さん。広島、長崎への原爆投下が戦争終結に決定的役割を果たしたといわれる。原爆投下がなければ戦争はさらに長期化し、100万人は死んだであろうという神話が今もアメリカでは支配的だ。こうした神話を打ち崩すにはどうしたらいいか。そのために私たち日本人、とりわけ広島市民に何ができるか。

ピーター・カズニック 原爆投下に関する神話は冷戦下のアメリカの理想主義の根幹にあるもので、トルーマンは皆さんご存じのように原爆投下を正当化している。終戦直後に行った世論調査【注1】では85%が原爆投下を支持すると答え、23%に至っては、日本の降伏がもっと遅ければアメリカはもっと原爆を落とすことができたと言っている。この原爆投下の神話は、アメリカが自国を特別な存在であるという例外主義、そしてアメリカそのものを支えている神話につながっている。この神話とは、自分たちは他の国々とは異なっている、世界のために良いことをするのだ、自分たちの国は善良な国だと考えている、という神話だ。他国が他国に侵攻するのは欲にまみれ領土拡大のためだが、アメリカだけは自由と民主主義のためにやっている、という神話がアメリカを支えている。
 原爆投下を、人道に対する罪だとか戦争犯罪だとか、そう見ることはアメリカの意図を拡散させることになるだろう。戦争を終わらせるために原爆が使われたという見方がアメリカではまだ中心的で、何百万人もの日本人の命を救ったのだ、とも言っている。アメリカだけでなく二つの国にまたがって神話化を進めていくことは、原爆が善良なものであり恐ろしい破壊兵器ではなかったと考えることにつながる。原爆を落としたのがドイツだったら、戦略的にも倫理的にもひどいと見られただろうが、アメリカが行ったということで神話が生まれた。

ソ連の日本侵略を恐れる
オリバー・ストーン アメリカはソ連による満州、韓国への侵略を恐れていた。最も恐れていたのが日本への侵略だ。原爆を落とさなかったら、ソ連は数日で日本を侵略していただろう。今日、被爆者の1人である沢田昭二さん(名古屋大名誉教授)【注2】とランチをともにした。彼は13歳か14歳で広島で被爆した。彼が言うには、日本人は当時、ソ連に侵略されることを恐れていて、原爆が落とされるとは夢にも思っていなかった。ソ連がドイツに対して残虐行為をしていて、それに恐れを抱いていた。ポツダム宣言を出す前に、アメリカ軍は日本が降伏したがっていることを知っていた。それでも二つの原爆を落とした。落とさなければ11月までにソ連は日本を侵略すると分かっていたからだ。原爆投下でソ連との冷戦が始まった。
 アメリカはその際、日本との戦争を終わらせるため原爆を落とした、落とさなければアメリカの犠牲者が増えた、と言った。日本の犠牲者には触れなかった。原爆を二つ落とすことでソ連の侵攻を止め、日本の犠牲者をつくった。第2次世界大戦の一番の犠牲者は日本だったと考えられるが、アメリカではそれが通説にはなっていない。

カズニック ストーン監督が言ったことを興味深く聞いた。やはり映画監督だ。戦争の終わり方を考える時、映画の終わり方が念頭にあっての発言と思う。「サベージ」【注3】という映画で、オリバー監督は二つの終わり方を用意していた。一つの終わり方は「失望した」という評価だったが、二つ目は「満足した」という反応だった。私たちがアメリカ史のドキュメンタリーでやろうとしたのは、やはりこのような二つの終わり方を考えることだった。
一つ目の終わり方は今まで信じられてきた、トルーマン大統領らが考えた戦争の終わり方だ。バッドエンドであり大きなウソだった。アメリカの学者はそれをウソと知りながらも戦争の結末と教えられてきた。
 私たちが提供したのは二つ目の終わり方だ。決してうれしいものではないが、本当の歴史だ。戦争の終わりは原爆投下によってもたらされたものではなかったということをもう一度言っておきたい。アメリカは日本の都市を1945年3月から空襲したが、その数を64から66と長く言ってきた。田中教授が明らかにしたのは、空襲で被災したのは100以上の都市ということだった。政治家たちはこのように簡単に事実を変えてしまう。日本の都市をひどく爆撃して焼き尽くし、原爆を落とすまでもなかったということすらも変えてしまう。オリバーと私は、今まで言われてきた戦争の終わりに対してそうではないと、ソ連の侵攻を変えるためだった、さらにいえば日本の外交政策を変えていく意図があっての戦争の終わり方だったということを提示した。
 歴史についての問いかけは重要だ。ナポレオンが言ったのは、歴史はみんなで作り上げたウソの集合体、ということ。このウソはだれのウソか。勝者のウソだ。アメリカの学生が信じている神話を一つ紹介する。原爆が太平洋戦争を終わらせ、アメリカはほぼ単独でヨーロッパの戦争を終わらせたというものだ。ヨーロッパの戦争はソ連こそが終わらせたということは、だれ一人教えられていない。米英は第2次世界大戦の中でドイツ軍の10の部隊と戦ったが、ソ連は一国で200もの部隊と戦った。だから2700万人もの戦死者を出した。アメリカ、イギリスはそれぞれ30万人の死者ですんでいる。このような神話は冷戦をつくりだす意図に結びついており、アメリカ帝国の根幹をなしていると考えると、どれほど危険なことか分かると思う。広島、長崎の原爆投下から68年間続くアメリカ中心主義の根幹にあるのは、このようなウソだ。

田中 乗松さんはカナダ在住で、カナダも実は原爆開発計画に参加した。カナダにも原爆投下正当化論を言う人は多いと思う。

「加害」を問わぬ反核には限界
乗松聡子 カナダの人はアメリカ人と違って、自分たちは平和的で優しいという自己イメージを持つ人が多い。日本に落とされた原爆のウランが自分たちの国からきていることとか、現在も世界有数のウラン産出国の一つで加害側に立っていることとか、そういう認識があまりない。現在のハーパー政権【注4】はブッシュ寄りだった。戦争参加、環境破壊という意味でも非常に右寄り、財界寄りの政策をとっている。
 私はこの10年間、カナダで平和、反核活動をしていて難しいと感じるのは、アジア系の人が大変増えている中で広島、長崎だけを扱っても、来るのは白人と日本人だけだ。原爆投下によって解放されたという、アジアで日本によって侵略された側のセンチメント(感情)はやはりある。原爆関係のイベントをやってほしいと要請があるが、限界がある。アジア化している北米で、従軍慰安婦問題とか南京虐殺とか、日本がやってきた加害や侵略、植民地主義としっかり向き合わずに反核運動をしても限界がある。これは広島、長崎の活動にも言えることではないか。

田中 カズニックさんが、勝者はいつもウソをつくという。実は、負けた方もウソをつく。戦争が終わった時、天皇詔書(いわゆる玉音放送)【注5】で言ったのは、このまま戦争を続ければ原爆という新しい兵器によって日本の人間はみんな死んでしまうだけでなく、人類そのものが存続しなくなる。だから戦争をやめる。それにつけては一緒に戦ってくれたアジアの人たちに申し訳ないと言っている。それで、中国や東南アジアでやった戦争犯罪をうやむやにしてしまう。これはウソだ。アメリカの神話化と同時に日本の神話化がある。我々はアメリカには負けたが中国には負けてないと言っていて、それが今まで続いている。
原爆投下という歴史的事実と、現在の核兵器保有の正当化、この二つが頭の中でつながっていない。切り離している。アメリカはいま核兵器を持つから、原爆投下も正当化しないといけない。密接につながる。福島原発事故と核兵器の問題も密接に関連しているが、これも分離してしまっている。この三つをどう関連付け、解決するか。

カズニック 広島、長崎への原爆投下とアメリカの核兵器大量生産がつながっているというご指摘と思う。核兵器が抑止力を持つというセオリー自体、私はウソだと思っている。それは第2次世界大戦そのものの正当化に基づいている。戦後の正当化は、アメリカの日本占領時代にもつながる。終戦から1952年までの間、日本国内で原爆に関する研究や議論は禁止された。しかし、アメリカは日本が原爆に対してある見方を展開させることに反対はせず、むしろ推進した。日本を同盟国としてキープしておきたかったからだ。原爆投下に関する神話を裏打ちしていくということは、一つには天皇制を保持していくということでもあった。どれほど危険であっても、アメリカは天皇制を保持したかった。治安維持につながるからだ。
 アメリカは50年代に「アトムズフォーピース(核の平和利用)」【注6】を打ち出した。日米が同盟国として進む中で、岸信介【注7】はA級戦犯として処刑することなく政治的リーダーとして復権するよう働きかけたし、正力松太郎に関しては核の平和利用を推し進めていく力として戦争責任を免責させた。岸の家系、例えば弟の佐藤栄作【注8】や孫の安倍晋三(首相)のラインは歴史のウソの解釈を残していくためのラインだ。安倍が最初に首相になった時、しようとしたのは、アメリカが持っているウソの歴史と共鳴するよう日本の教科書を書き換えることだった。
 日本はアメリカにとってどんな国か。中東のイスラエルのような位置づけだ。日本はアジアの中で、アメリカと一緒に歴史を紡いでいく仲間だと見られている。私たちはこのような見方に異議を申し立てるため、ドキュメンタリーをつくった。いま歴史が進んでいる方向を変えたい、人間として歴史の中での選択について異議を申し立てるため、このドキュメンタリーをつくった。
 もう一つ付け加えたいのは、歴史を語るというのは、アメリカもしくは日本のどちらかの見方で成り立つのではない。戦争の被害者の視点を忘れてはならないということだ。南京虐殺であったり、日本のアジアへの侵略であったり、その中での中国、韓国の犠牲者を私たちは忘れてはいけない。彼らの視点を入れることが、歴史の見方の構築のための本質的な問題だと思う。勝者だけでなく敗者も時にウソをつく。さまざまな視点を入れたものが必要だ。

ストーン 一点付け加えたい。1931年に日本が満州を占領して45年に戦争が終わるまでの14年の間、満州には安倍の祖父・岸もいて彼はA級戦犯だったが、満洲国はすごく皮肉な存在だった。第2次世界大戦でアメリカはナチスや共産主義者と戦ってきたが、安倍は今、朝鮮人慰安婦を認めないとか南京大虐殺を認めないとか、犠牲者の立場からものを見ることをしていない。安倍や日本政府のそうした言動は奇妙なことだ。犠牲者がいるのにその視点から見ないというのはおかしなことだ。
 
田中 慰安婦問題や侵略戦争はなかったと安倍は言う。最近は吉田首相の孫がワイマール憲法について馬鹿な発言をしたが【注9】、日本政治家のあまりにも低劣な歴史認識を露呈する発言が続いている。日本の歴史教育の貧困さと同時に、歴史教育の重要性を痛感する。ハワード・ジンさん【注10】は「民衆のアメリカ史」という本を書いた。アメリカ史を批判的に見る本や映画がベストセラーになるにもかかわらず、アメリカ市民の支配的な歴史観を形成するに至らない。いまだに原爆投下は正しかったという見方が支配的だ。なぜあなた方の考え方が浸透していかないのだろうか。

ウソと向き合う不快さ
ストーン 私たちが作った本やドキュメンタリーはベストセラーだと言ってくれたが、残念ながら私たちの本やドキュメンタリーはメーンストリーム(主流)ではない。というのも、アメリカ政府は、私たちが歴史のウソについて書いていることをすごく不快に思っていて、それを認めたくない。戦後68年で人々はウソに慣れてしまい、そのウソの中で歴史を認識していくことが心地いいのだ。だからそれを今変えようと訴えたとしても、そのウソと向き合うことが不快なのだ。私もそのように歴史を教えられ、認識を変えていくのに40年はかかった。時間がかかることだと思う。

カズニック ストーンさんの見方は映画監督としての見方であり、私はアカデミックな歴史家としての異なる見方を持っている。このプロジェクト(「アメリカ史」の出版とドキュメンタリー制作)への反応は、これまでのものとはかなり違う。これは私たちの努力の始まりに過ぎない。この努力は多くの友人、多くの人々によって支えられている。例えば田中さんはこれまでも歴史について重要な問題を扱ってこられた。原爆投下、慰安婦問題もそうだ。乗松さんは沖縄についての本を出された。二人が提示された見方は多くのアメリカ人、日本人も知らないのではないか。私たちが伝えたかったのは、進歩的な歴史の見方であり、進歩的な活動家の人たちにも私たちの考えることを伝えたかった。そのためには皆さんのサポートが必要だ。

ストーン 第2次大戦のノルマンディー上陸作戦を舞台にした映画「プライベート・ライアン」【注11】は皆さんに見てもらった。そのぐらいになればいい。人の心理として誰も負けたくない、誰もが勝ちたいという心理があり、日本でもアメリカでもそうした心理が働く。そこが問題ではないか。
田中 日米安保や集団的自衛権の問題が日本でも浮上している。沖縄の基地の在り方、日米関係の在り方、米中・日韓関係の在り方が非常に重要になっている。日本は核の傘の下にあるが、これをどう考えるか。

広島・長崎・沖縄はつながる
乗松 広島、長崎と沖縄は別ものではなく一連のものとして考えたい。日本の平和運動とか憲法9条を守る運動とか反核運動とか、これらは非常に矛盾に満ちたものだと、特に沖縄のことを扱うようになって思う。4月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議準備委員会(ジュネーブ)で、南アフリカなど非核保有国が「いかなる状況下でも核兵器が使用されないことが人類生存のためになる」という「核兵器の人道的影響に関する共同声明」を出したが、日本政府は賛同しなかった。これに対して平和運動家やNGOが怒りを表明したが、そういう時こそ私たちは自らを振り返らないといけないのではないか。日本政府は米軍基地と核の傘の幻想のもとに安全保障策をとっている。それに対して日本の人たちは7、8割が安保を認めているというデータがある。沖縄では10%以下だ。
 安保を認めながら反核とか9条を守れとか、どうして言えるのか。日米が一体と考えるなら、日本は北朝鮮やイランの核保有を責めるのではなく、アメリカを責めないといけない。アメリカと同盟を組んでいる自分たちを責めないといけない。日米安保をやめよう、アメリカの軍事覇権に引きずられないような新しい日米関係を築こうという形で運動しないといけない。安保を温存しておいて、その中で唯一の被爆国とか反核とか言っても説得力がない。自戒を込めて言っている。どうして私たちはそういう(矛盾した)ことを言っていられるか。ほとんどの安保のつけ、米軍基地被害を(沖縄に)押しつけたままでいられるからではないか。
 広島、長崎と沖縄をつなげて考えてほしい。岩国、呉、佐世保の基地の存在を考えると、今でも広島、長崎は大軍事拠点だ。それが分かっていて、どうして広島、長崎で反核とか平和とか言えるのだろうか。日米軍事同盟が沖縄に押し付け続けている基地被害を直視してほしい。

田中 ヘンリー・ウォレス【注12】のような真の民主主義者が有力な政治家となれるような社会環境は戦後、アメリカ、日本のみならず世界中でほとんど失われているのではないか。無能な政治家が次から次へと出てくるが、日本でも例外はあった。石橋湛山【注13】だ。この人はヘンリー・ウォレスを想起させる。最近では南アフリカのネルソン・マンデラ【注14】。ウォレスのような倫理的想像力を備えた政治家が活動できる社会を再びつくり上げるにはどうしたらいいか。もちろんアメリカでは軍産複合体制があり難しいが。

抵抗することの重要性
カズニック 単純な答えが存在しないような複雑な問いだ。ヘンリー・ウォレスは人物だったが、同時にとてもアメリカ人でもあった。名前が挙がらなかった中に、勇気と実行力、決断力を持った政治家としてゴルバチョフ【注15】がいる。彼はオバマ大統領に対して、理論と決断力をバックボーンに持つ人が出て来たと言っていたにもかかわらず、オバマは決して今そうなってはいない。むしろ反対の方向で存在している。
質問自体も二つの側面があると思う。例えばアメリカの公民権運動で有名なのはマーチン・ルーサー・キング【注16】だが、歴史家としていうとキングが公民権運動をつくったわけではない。公民権運動自体がマーチン・ルーサー・キングをつくったと思う。リーダーに力と決断力を与えるのは人びとだ。
 人びとがリーダーをつくると言っても、例えばアメリカの学生でヘンリー・ウォレスを知らない人が非常に多い。彼のようなビジョンを持つ人というのは歴史から消されてしまいがちだ。だからこそ私たちのドキュメンタリーは「The Untold History of The United States(語られなかったアメリカ史)」というタイトルを付けた。語られない側面を持つもう一人はジョン・F・ケネディ【注17】だ。強硬派として政治活動を始めたが1962年のキューバ危機を経て大きく転換した。世界がどれほど核戦争に近いかをみて、彼の方向は一気に変わった。政治家として、スタートした時のケネディと63年に暗殺された時のケネディは非常に異なっている。亡くなる直前は、ベトナム戦争を終わらせようとしたり、核実験禁止条約を導入しようとしたり、宇宙開発競争を止めようとしたりした政治家だった。
しかし、ドラマチックな方向転換は反対の方向に起こることがある。カーター大統領が一例だ。当初はみんな期待したが、大統領としての責務や軍産複合体からのプレッシャーで変わってしまった。オバマ大統領もそうなりつつあるのではないか。
 これまで語られなかったヒーローを歴史の中で伝えていくことのほかに、人々の抵抗の歴史を教えていかなくてはいけない。権力に対して、軍産複合体に対して、抵抗を続けてきた人たちがこれほどいるということを。私たちがドキュメンタリーを通して伝えたかったのは、歴史はもしかしたら違っていたかもしれない、ということだ。あともう少しで全く違った歴史になったかもしれないということを伝えたかった。人々に希望を与えたい。私たちは歴史を変えることができる、その可能性があったことを伝えたい。ベトナム戦争も、もっと早く終わらせることができた。抵抗していなければもっとひどいことになったことも、歴史の中にたくさんある。そこで抵抗していくことの重要性を伝えていかなくてはいけない。抵抗することは必要だ。世界中で抵抗している人たちを支えていきたい。

【注1】1945年8月のギャラップ世論調査。
【注2】さわだ・しょうじ 1931~。広島市出身の理論物理学者。名古屋大を退職後、原爆症認定集団訴訟の原告側証人。2007年に原爆残留放射線による内部被曝に関する論文を発表。福島原発事故でも、内部被曝への警鐘を発し続けている。原水爆禁止日本協議会代表理事。
【注3】「SAVAGES」 2012年製作。3人の男女が巨大麻薬組織を相手に闘う。
【注4】Stephen Joseph Harper 1959~。カナダ保守党党首。2006年に少数与党として政権を握る。11年の総選挙で過半数を獲得。
【注5】天皇詔書で該当する部分は以下のとおり。
 加之、敵は新に残虐なる爆弾を使用して、頻に無辜を殺傷し、惨害の及ぶ所、真に測るべからざるに至る。
 而も尚交戦を継続せむか、終に我が民族の滅亡を招来するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。
 斯の如くむは、朕何を以てか億兆の赤子を保し、皇祖皇宗の神霊に謝せむや。
 是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり。
 朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるを得ず。
【注6】Atoms for Peace アイゼンハワー大統領が1953年の国連総会演説で表明した。国際原子力機関(IAEA)設立にもつながった。
【注7】きし・のぶすけ 1896~1987。山口市出身(本籍田布施町)。満州国国務院で要職を歴任、満州開発5カ年計画を手掛ける。東條内閣で商工相。戦後A級戦犯容疑で逮捕、不起訴。公職追放解除後に政界復帰。保守大合同で自由民主党の初代幹事長。石橋内閣総辞職後に政権を握る。60年に国民的大闘争の中で日米安保条約改定を強行した。
【注8】さとう・えいさく 1901~1975。山口県田布施町出身。岸信介の実弟。64~70年まで首相。67年に衆院予算委で非核三原則を表明。72年沖縄返還の日米交渉の過程で「沖縄への有事核持ち込み」を認める密約を結んでいたことが、交渉の密使だった若泉敬氏に暴露された。裏付けとなる合意議事録が佐藤の遺族によって保管されていたことが2009年に報道された。
【注9】麻生太郎副総理兼財務相は7月29日、都内であったシンポジウムで次のように話した。「ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね」
【注10】Howard Zinn 1922~2010。ニューヨーク市出身の歴史家。ボストン大名誉教授。「民衆のアメリカ史」のほか「反権力の世代」「テロリズムと戦争」など。
【注11】原題は「Saving Private Ryan」。1998年公開。スティーブン・スピルバーグ監督。主演はトム・ハンクス。ノルマンディー上陸作戦で、1兵士の救出に向かうストーリー。救出されるライアン2等兵役にマット・デイモン。
【注12】Henry Agard Wallace 1888~1965。アイオワ州出身。1941~45年、ルーズベルト政権で米副大統領。33~40年農務長官、45~46年商務長官。
【注13】いしばし・たんざん 1884~1973。東京都出身。ジャーナリストから46年に第1次吉田内閣の蔵相。54年に第1次鳩山内閣で通産相。56年、岸に競り勝って首相。脳梗塞で自宅で倒れ、在任65日で退陣した。
【注14】Nelson Rolihlahla Mandela 1918~。反アパルトヘイト運動で27年間投獄。90年に釈放後、アフリカ民族会議副議長。93年にノーベル平和賞。94年から99年まで南ア大統領。
【注15】Mikhail Sergeevich Gorbachev 1931~。1985年ソ連共産党書記長。ペレストロイカ(再建)とグラスノスチ(情報公開)を推進。90年ソ連大統領。翌年、ソ連は崩壊した。
【注16】Martin Luther King 1929~68。非暴力抵抗による公民権運動で64年にノーベル平和賞。68年、テネシー州メンフィスで暗殺された。
【注17】John Fitzgerald Kennedy 1947~63。61~63年アメリカ大統領。テキサス州ダラスで暗殺された。
【写真は、左から田中利幸、O・ストーン、1人おいてP・カズニック、1人おいて乗松聡子の各氏】

※「広島ジャーナリスト」は日本ジャーナリスト会議広島支部が年4回発行。B5判130㌻前後、1部500円。電話・ファクス082-231-3005。この記事は9月15日発行の「広島ジャーナリスト」14号に掲載。

Monday, September 23, 2013

『国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)』の要約 GLOBAL PRINCIPLES ON NATIONAL SECURITY AND THE RIGHT TO INFORMATION ("Tshwane Principles")

日本では「秘密保護法」がこの秋国会で審議される予定のようですが、この法案の危険性をローレンス・レペタ明治大学教授が説く記事(『週刊金曜日』9月27日号掲載)の中で触れる『国家安全保障と情報への権利に関する国際原則(ツワネ原則)』の15の要約点を和訳付きで紹介します(和訳は Peace Philosophy Centre が独自に行ったもので公式なものではありません。また、翻訳はより正確を期すために修正することがあります。)。この原則は70カ国以上にわたる国の500人以上の専門家の助言を得て、Open Society Justice Initiative の企画により世界中で開催された14回において、22の団体や学術機関により起草され、今年6月12日に発表されたものです。このプロセスが南アフリカのツワネで開かれた会合で完結したことから、「ツワネ原則」と呼ばれるようになっています。(Open Society Foundation より)

元の文書は Open Society Foundation のウェブサイトにあるものです。リンクは以下です。
http://www.opensocietyfoundations.org/fact-sheets/tshwane-principles-national-security-and-right-information-overview-15-points

『ツワネ原則』の全文はここにあります。
http://www.opensocietyfoundations.org/sites/default/files/global-principles-national-security-10232013.pdf

以下、和訳です。

The Tshwane Principles on National Security and the Right to Information address the question of how to ensure public access to government information without jeopardizing legitimate efforts to protect people from national security threats.
『国家安全保障と情報への権利に関するツワネ原則』は国家安全保障への脅威から人々を守るための合法的な努力を危険にさらすことはなしにどうやって政府の情報への公的アクセスを保証するかの問題を扱います。

These Principles are based on international and national law and practices. They were developed in order to provide guidance to those engaged in drafting, revising, or implementing relevant laws or policies.
これらの原則は国際法、国内法とその運用に基づくものです。この分野に関連する法律や政策の起草、改正、施行に関わる人々に指針を提供するために作られました。

Based on more than two years of consultation around the world with government actors, the security sector and civil society, they set out in unprecedented detail guidelines on the appropriate limits of secrecy, the role of whistleblowers, and other issues.
これらの原則は二年間にわたる政府関係者、安全保障分野、市民社会から助言を得た末、秘密保持の適正な限度、内部告発者の役割や、他の関連事項について今までに例のないほど詳細にわたるガイドラインを立案したものです。

Here is a 15-point overview:
以下が15の要約点です。
  1. The public has a right of access to government information, including information from private entities that perform public functions or receive public funds. (Principle 1) 公衆は政府の情報にアクセスする権利を有する。それは、公的な機能を果たす、或いは公的な資金を受け取る私的機関も含まれる。(原則1)

  1. It is up to the government to prove the necessity of restrictions on the right to information. (Principle 4) 知る権利への制限の必要性を証明するのは政府の責務である。(原則4)

  1. Governments may legitimately withhold information in narrowly defined areas, such as defence plans, weapons development, and the operations and sources used by intelligence services. Also, they may withhold confidential information supplied by foreign governments that is linked to national security matters. (Principle 9)政府は防衛計画、兵器開発、諜報機関によって使われる情報源など狭義の分野で合法的に情報を制限することができる。また、国家安全保障に関連する事柄について外国政府から提供された機密情報も制限することができる。(原則9)

  1. But governments should never withhold information concerning violations of international human rights and humanitarian law, including information about the circumstances and perpetrators of torture and crimes against humanity, and the location of secret prisons. This includes information about past abuses under previous regimes, and any information they hold regarding violations committed by their own agents or by others. (Principle 10A)しかし、政府は人権、人道に関する国際法の違反についての情報は決して制限してはいけない。これは、現政権より前の政権下における違反行為についての情報、また、自らの関係者あるいは他者により行われた違反行為について政府が所持する情報についても当てはまる。(原則10A)

  1. The public has a right to know about systems of surveillance, and the procedures for authorizing them. (Principle 10E)公衆は監視システム、そしてそれらを認可する手続きについて知る権利がある。(原則10E)

  1. No government entity may be exempt from disclosure requirements—including security sector and intelligence authorities. The public also has a right to know about the existence of all security sector entities, the laws and regulations that govern them, and their budgets. (Principles 5 and 10C)安全保障セクターや諜報機関を含め、いかなる政府機関も情報公開の必要性から免除されることはない。公衆はまた、安全保障セクターの機関の存在について知る権利を有し、それらの機関を統治するための法律や規則、そしてそれらの機関の予算についての情報も知る権利を有する。(原則5と10C)

  1. Whistleblowers in the public sector should not face retaliation if the public interest in the information disclosed outweighs the public interest in secrecy. But they should have first made a reasonable effort to address the issue through official complaint mechanisms, provided that an effective mechanism exists. (Principles 40, 41, and 43)公共セクターにおける内部告発者は、公開された情報による公益が秘密保持における公益を上回る場合、報復措置を受けるべきではない。(原則40,41、と43)

  1. Criminal action against those who leak information should be considered only if the information poses a “real and identifiable risk of causing significant harm” that overrides the public interest in disclosure. (Principles 43 and 46)情報を流出させる人を刑事裁判に持ち込むことは、その情報が公開されることによって生じる公益を上回るような「実在して確認可能な重大損害を引き起こすリスク」をもたらすときのみ検討されるべきである。(原則43と46)

  1. Journalists and others who do not work for the government should not be prosecuted for receiving, possessing or disclosing classified information to the public, or for conspiracy or other crimes based on their seeking or accessing classified information. (Principle 47)ジャーナリストその他、政府に勤めていない人々は、機密情報を受け取ること、所有すること、公衆に公開することに対し、また機密情報を求めたり機密情報にアクセスすることに対して共謀その他の犯罪で訴追されるべきではない。(原則47)

  1. Journalists and others who do not work for the government should not be forced to reveal a confidential source or other unpublished information in a leak investigation. (Principle 48)ジャーナリストその他、政府に勤めていない人々は、情報流出の調査において、秘密情報源や他の非公開情報を明かすことを強制されるべきではない。(原則48)

  1. Public access to judicial processes is essential: “invocation of national security may not be relied upon to undermine the fundamental right of the public to access judicial processes.” Media and the public should be permitted to challenge any limitation on public access to judicial processes. (Principle 28)裁判手続き情報が一般公開可能であることは不可欠である:「裁判手続き情報に対する公衆の根本的な権利を弱めるために国家安全保障の発動に頼ることはならない」。(原則28)

  1. Governments should not be permitted to keep state secrets or other information confidential that prevents victims of human rights violations from seeking or obtaining a remedy for their violation. (Principle 30)人権侵害の被害者がその侵害行為への対応策を求めたり得たりすることを阻害するような国家機密や他の情報を、政府が秘密のままにすることは許されない。(原則30)

  1. There should be independent oversight bodies for the security sector, and the bodies should be able to access all information needed for effective oversight. (Principles 6, 31–33)安全保障セクターには独立した監視機関を設けるべきであり、それらの機関は効果的な監視のために必要な全ての情報にアクセス可能であるべきである。(原則6、31-33)

  1. Information should be classified only as long as necessary, and never indefinitely. Laws should govern the maximum permissible period of classification. (Principle 16)情報が機密化される期間は必要な期間に限るべきであり、無期限であってはいけない。情報機密化が許される最長期間は法律で定めるべきである。(原則16)

  1. There should be clear procedures for requesting declassification, with priority procedures for the declassification of information of public interest. (Principle 17)機密解除を要請する明確な手続きがなければいけない。その際、公益に与する情報を優先的に解除する手続きも定めるべきである。
以上、原典は
The Tshwane Principles on National Security and the Right to Information: An Overview in 15 Points
http://www.opensocietyfoundations.org/fact-sheets/tshwane-principles-national-security-and-right-information-overview-15-points

Monday, September 16, 2013

去りゆく米外交官の告白と、日本市民からの返答 A US diplomat's confession and a Japanese response

This text is a letter to Japan from D. H. Garrett, a former U.S. State Department official, and a response from Yuki Tanaka, a citizen of Hiroshima. The Japanese version is followed by the English version. Re-posted from the Asia-Pacific Journal: Japan Focus.
以下、元米国国務省職員D. H. ガレット氏から日本への手紙と、広島市民の田中利幸氏からの返事を紹介します。まず日本語版、そして英語版です。『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』からの転載。

ガレット氏のレターは日本の市民全員に宛てられたものです。返答がしたい人はこの投稿のコメント欄にどうぞしてください。日本語でも英語でも両方でもいいです。英語で書かれたものはガレット氏に届くように手配します。日本語のみのものは英訳は保証できませんがなるべく要点をガレット氏に伝えるようにします。

★この投稿は転載記事です。さらなる転載をする場合は原典としてかならず元の The Asia-Pacific Journal: Japan Focus のURLを記してください。http://www.japanfocus.org/events/view/192

感謝と謝罪とお願い:一外交官の退職挨拶

D.H.ガレット

親愛なる日本へ

私は日本を心から尊敬している一人です。日本の美と強さ、静寂さと活力、創造力と伝統に敬服している者です。そのうえ、私のこれまでの生涯で受けた教育と経験の一部を与えてくれ、外交官としての経歴を歩ませてくれた日本に深く感謝します。その外交官としての私の職歴も今や終わりました。

ずいぶん昔のことになりますが、10代の頃、私にとっては読書にまさる喜びはありませんでした。書物で読んでいて、いつか自分もやってみたいと念願していた冒険を実行する機会が実際に自分に訪れたとき、私は大学を中退してヒッチハイクで世界を周る旅に出ました。そして、アフガニスタンのヒンドゥー・クシュ山脈で一人の日本人の若者と遭遇しました。彼は音楽家であり、且つ、遊牧民についての記事も書いていました。私はペルシャ語を少々話せましたので、馬を借りてガイドを雇う際に、折り合いの値段を決める交渉で彼を助けることができました。これが私の日本との因縁の始まりでした。後日、この日本人の若者と偶然にまたイスタンブールで出会ったのです。そこで私たちは一緒にヨーロッパに旅することになりましたが、彼は、以前ヨーロッパで音楽家として活動していたこともあり、そこにガールフレンドもまだ幾人かいたようでした。彼が日本に帰国することになった折、一緒に来ないかと誘われました。ところが私はそのとき、とても美しいフランス人女性からフランス語を一生懸命習っている最中でしたので、申し訳ないが後で行くと言っておいたのです。

ところが、これが実際にそうなったのです。魅惑的な夏のロマンスが悲しい涙で終わったあと、私は日本に行き、その日本人の若者が住む雪深い新潟の奥深い山里の小さな村に滞在しました。そこは、全てがまるで宮沢賢治の童話に出てくるような、月と星と魔法が地球と混在しているような、地球上の天国のような所でした。草木の一本一本に、岩や動物のそれぞれに霊が宿っており、男神や女神が、しばしば現われるというわけではありませんが、いつも近くにいることが感じられる場所でした。この村で私は田植えをし、草刈りをし、稲を刈り、屋根雪をかき、そして「ドブロク」もかなり飲みました。ドブロクのおかげかもしれませんが、日本語も少し習得することができました。この経験が、私のその後の幸運な日本との因縁を強める大きな助けとなりました。

その後アメリカに戻り、大学教育を終えた後、日本に再度行きたかったので、日本政府の文部省奨学金に申し込みました。日本語試験を受けにテキサス州ヒューストンにある日本領事館に出かけたときのことは今でもよく憶えています。領事館のスタッフたちは、テキサス生まれのアメリカ人である私が、試験で出される日本語はなんでも読み書きできることに驚いてしまいました。そこで、試験の途中にもかかわらず、試験を中止して、「もう十分です。一緒に私たちとウドンを食べましょう」と言われたのです。私は少々面食らいましたが、ウドンがたいへん美味しかったことを憶えています。ここでも私の日本との因縁がまだ強く働いていたと言えるでしょう。当時は、日本語の知識を少々でも持っているアメリカ人はそれほど多くはいなかったので、ごく基礎的な私の日本語知識でも目立ったというわけです。おかげで奨学金を受けることができ、2年間、京都大学で研修生として勉強することができました。そして、このことにより私は、その後、外交官になれたわけです。

京都での研修を終えてアメリカに戻りました。たぶん、あの繊細で美しい、恵みあふれる日本の村で過ごしたことに影響されたのでしょう。私は自分の手を、文章を書き、絵を描き、作曲するために使いたいと強く願いました。でも、私はそのうちのどの才能も持ち合わせていないことから、結局は仕事を見つける必要に迫られました。国務省外務担当局に入るための試験を受け、筆記試験は通りましたが、面接試験はわずかの点数差で落ちてしまったのです。ところが、ここでまた私の日本との因縁という幸運が働いたのです。私のささやかな日本語の知識のおかげで、特別に点数が加算され、ぎりぎりで試験に合格してしまったのです。当時、国務省は日本語が話せる人員をもっと必要としており、日本語は「重要な必要語学」とされていたのです。その結果、突然私は「腹をすかした芸術家」から外交官に変身したというわけです!

さて、前おきが長くなったことをお詫びしますが、ここから私のこの手紙は本題に入ります。結局、私は、国務省政務官であり2等書記官として東京の米国大使館に派遣されました。人権問題、人身売買問題ならびに国際組織関連問題の多くの仕事に私は関わりました。これら面では日米両国は、相互に平等な国として積極的な関係にあります。しかしその一方で、私が個人的に賛成しない事柄で仕事の任務を与えられ、義務として遂行したこともいくつかあります。

私は、しばしばアメリカ大使館から外務省の建物に徒歩で出かけました。外務省に届けるメッセージの内容に自分が賛成できないときは、米国外交官パスポートに自分の魂を売渡してしまったのかと悩みながら、いつもより少しゆっくり歩いたものです。例えば、あるとき、私はクラスター弾に関する米国の(基本的に新型クラスター弾は比較的安全であるという)立場に関する申し入れ書を届ける任務を与えられました。日本が明らかに署名しているクラスター弾禁止条約に、米国は署名していません。この(新型であろうとなかろうと)ひどく無差別殺傷的な兵器が使用禁止されていることは正当なのです。しかし、この条約への日本の署名が実際に意味を持つためには、日本の主要な防衛同盟国である米国が日本国内にそのような兵器を貯蔵することが許されてはなりません。それを許すということは共謀行為に他なりません。この点で、米国の立場は(地雷の場合と同様に)間違っています。間違っていないかのような態度をとっていることに対し、私は日本の皆さんに謝罪します。

また別のときには、劣化ウランの健康被害に関する調査を求める国連決議を日本が支持しないようにと要求する申し入れ書を届ける任務を与えられました。ファルージャや他の地域で死産児や奇形児がみられることからも明らかなように、劣化ウラン兵器は、その使用で爆発破壊が行われた後でも、健康に重大な危険をもたらす兵器です。この点でもアメリカは間違っており、間違っていないかのような態度をとっていることに対し、私は日本の皆さんに謝罪します。

またあるときは、<イスラエルによる>ガザ攻撃に関する国連の事実調査の結果であるゴールドストーン報告を国連人権委員会が承認することに賛成票を投じないようにという要求を日本政府に届ける任務を与えられました。もしも、アメリカの同盟国でない国が犯した攻撃に関して、この種の報告書を、私のような国務省の人権問題担当官が書いた場合には、国務長官におおいに褒められていることでしょう。この問題でもアメリカは間違っています。間違っていないかのような態度をとっていることに対し、私は日本の皆さんに謝罪します。

あるとき私は、人権問題担当官として、日本のレッド・パージ被害者の団体から、アメリカが先導したこの占領政策で数多くの無実の日本人が仕事や誇りを失ったことに対して正式な謝罪を行うようオバマ大統領に要求する手紙を届けてもらいたいという要請を受けました。私は、電報でこの手紙をワシントンに送ると同時に、冷戦時代のこの行き過ぎた行為の間違いをアメリカが認め、公式謝罪を出すようにとの提案を行いました。アメリカ大使館は、しかしながら、私のこの提案を受け入れませんでした。主としてアメリカ国内政治のヒステリー的とも称せる反共民衆煽動政策に基づいて、日本が忠実な反共同盟国であることを確実にするためにアメリカが日本国内政治に介入したことは、事実、日本の民主主義をはなはだしく、しかも長期間にわたって、歪める結果となりました。アメリカはこの点で間違っています。アメリカ政府から冷戦時代のこの過ちに関して公式謝罪を引き出すことができなかったことを、私は日本の皆さんに謝罪します。この冷戦時代にアメリカは、一方で自由を守るチャンピオンとしてふるまいながら、確かにそのような場合もあったでしょうが、多くの国々や場所で、反共政策をしつこく推進する支配体制と結託して、不運にもそのような支配体制の下で自由を求めている多くの人々を抑圧することで、犯罪的な共同謀議をアメリカは行ったのです。

自分の弁護のためにも申し上げますが、私は様々な議題で、自分の問題意識をなんとか知ってもらおうと努めました。気候変動問題でも私は、2回、<アメリカの政策に対する>異議表示の電報を打ちました。壁板が<高価な>マホガニー材で作られているアメリカ大使の会議室で、豪奢な長いテーブルに、胸に輝く勲章をつけて列を作って座っている士官連中が、ミサイル防衛に関して意見を述べた折のことを、私は今でも笑いながら思い出さずにはいられません。そのとき私は、(米国連邦議会予算局による調査も含めて)様々な調査がミサイル防衛は役立たないことを証明していることを指摘し、製造元であるレイセオン会社やその他の関連会社やコンサルタント会社を儲けさせているだけと私には思えると述べたのです。そのときは、幾つもの豪華な風船に穴が空いて空気が漏れていく音がまるで実際に聞こえるかのような、きわめて不具合な雰囲気が続いた、素敵な一時でした。

さてそこで、日本の皆さんに助けていただきたいと、お願いしたいことがあります。

私の母国は、もはや私がかつて知っていたような、個人の収入額の如何にかかわらず全ての人間に機会を与えるような傾向にある国ではありません。妄想症にとらわれて国際法を破る傾向を常にもっており、素朴な人々の弱みにつけこんで、アメリカだけが特別という意識の下に、世界中で、秘密裏にあるいは半ば秘密裏にものごとをすすめる国となってしまいました。少なくとも、世界を少しでも良き場所にしたいという意図だけは持っていたと私は信じたいのですが、実際には、アメリカの行動は単に未熟で不器用なだけではなく、多くの人間を苦しめ死においやっています。さらには、アメリカは過去の過ちから何も学んでいないように思えます。9・11事件以来、アメリカは国家安全保障政策をとっていますが、最も同情的な表現を使ったとしても、これは神経過敏症ショックの一つとしか言いようがありません。テロ攻撃が、サメに襲われるのと同じレベルで考えられているのです。しかし、9・11事件という惨事にあまりにも過剰に反応し、間違った反応の仕方をしたため、アメリカ人は、自分たち自身にとってのみならず、他の人たちにとってまで危険な存在となってしまったのです。私たちアメリカ人は、自分たちの富を、傲慢と不理解という砂のような無意味な穴の中に浪費してしまいました。もしも私たちが何か良いことをしているとするならば、それはわずかに、強大に膨らみ過ぎた筋肉で他者を脅かしている自分たちの恥部を、あたかもイチジクの葉で隠しているかのような無意味な行為ではなかろうかと、私はしばしば思うのです。しかもその脅かし行為は、空虚なスローガンという刺青で覆われているだけで、ボタン一押しで死と破壊をもたらしているにもかかわらず、私たちはどのようにこれからの歴史を築き上げていくべきか分かっておらず、これまでの歴史をいかに把握すべきかについても全く理解していないように思われるのです。過大な恐怖心から、私たちは自分たちの憲法を歪曲し、監視国家を作り上げてしまいました。ノーベル賞受賞経済学者のジョセフ・スゥティーグリッツの言葉を借りれば、アメリカ政府は、「1パーセントの国民の、1パーセントの国民による、1パーセントの国民のための政府」となってしまったのです。負債にどっぷりつかり、企業とメディアの退屈な宣伝に踊らされ、空虚な大量消費主義という過当競争の神殿を愚かに崇拝する大衆によるアメリカは、今や、基本的には、かつてアイゼンハワー大統領が警告したように、軍産政治金融陰謀結社によって運営されています。

日本には、アメリカが日本に要求することを、<受け入れる前に>2度、3度と熟考していただきたい。アメリカの良き友達でいてもらい、できるだけ多くの私たちの軍隊を本国に送り返して下さい。私たちは今までのような軍隊をもはや支えきれないのです。私たちの国では貧困者はますます貧困になっており、教育制度は遅れるばかりで、社会的生産基盤は崩壊しつつあります。私たちと協力して働きたいと言って下さい。ただし、次のような条件つきで。今や急速に破壊されつつある地球の自然体系を維持再生させることに私たちが貪欲になることで、自己規制するかあるいは力を発揮する道を見いだすこと。私たちの友達でいたいし、これまでの歴史で最も偉大な闘いの同盟国であり続けたいと言って下さい。その闘いとは、人間性を守り、目下、急速に進んでいる気候変動の猛襲から地球を守る闘いのことです。しかし、妄想に向かって武力を振り回して崩壊していく帝国の誤った冒険主義に巻き込まれないように気をつけて下さい。アメリカ帝国に取り憑いている真の危険は、気候変動、環境崩壊や急速に拡大しつつある国民の間の不平等です。にもかかわらず、これらの問題が、基本的には、アメリカ自体の敵である軍産政治金融複合体制の祭壇の上で犠牲にされてきたのです。

深い尊敬と親愛、そして感謝を込めて。

ダニエル・H・ガレット
元・米国務省外務局政務官、2008年-2010年日本における米国大使館2等書記官

但し書き:この手紙で表明した見解は全て筆者の個人的見解であり、米国務省あるいは米国政府の見解を必ずしも反映するものではありません。

訳者断り:< >内の文章は訳者が説明上必要と考えて加筆したものである。
(Translated by Yuki Tanaka  訳文責:田中利幸)


D.H.ガレット氏手紙への応答:米国市民と日本市民の共同責任

田中利幸

 親愛なるガレットさんへ

貴方が書かれたお手紙を感激して読ませていただきました。米国務省官僚のなかにも貴方のように、自国政府の政策に疑念を持ちつつ、少しでも自国を良くしたいと苦慮している人がおられることを知ることは、ほんのわずかですが私の心に安らぎを与えてくれます。貴方の同僚の多くの官僚たちが、自国を少しでも良い方向に転換させるために、退職する前に政府批判の声をあげて欲しいと願いますが、おそらくそれは叶わぬ願望でしょうか。

私も、貴方の手紙に習って、自分の個人的背景説明からこの応答の手紙を始めたいと思います。

私は、1244年に曹洞宗の道元禅師が開創した永平寺という大きな禅寺がある福井県の永平寺町に生まれ育ちました。山に囲まれた静かで小さな町で、近くには九頭龍川という美しい川が流れています。美味しいお酒を作る醸造所もあります。ご存知かもしれませんが、永平寺には現在も常に100名以上の若い見習い僧が修行に励んでいます。あなたと違って、私は、子供の頃、全く読書には関心がなく、毎日自然の中で泥だらけになって遊び回っていました。そんな私も、真面目な修行僧にはどこか尊敬の念を抱いていたのでしょう。彼らを見るたびに、いつも緊張してそのときだけは寡黙になりました。しかし、小学校4年の頃から私は学校が嫌いになり、中学、高校へと進むにつれてますます学校での授業がつまなくなりなりました。日本の教育制度は、主として大人が必要と考える知識を子供に一方的に詰め込むもので、子供一人一人が個性豊かな想像力と創造力を養えるように配慮することなど全く考えていない制度なのです。今から顧みれば、私は、そのような制度そのものに不満があったのだろうと思うのですが、当時は、子供の私にはそんなことは理解できず、ただやたらに不満やるせない毎日を学校で送っていました。私の憤懣の捌け口は教師に向けられ、常に教師に反抗する「問題児」となりました。当時は、教師による子供への体罰はほとんど公認で、日常茶飯事に行われていました。私は頻繁に体罰という暴力の犠牲者となり、その結果、ますます教師への反抗を強める「反抗生徒」となりました。

大学に入り東京で暮らすようになりました。しかし、当時は学生運動の最盛期で、多くの学生達同様、私も大学の授業にはほとんど出席せずに、学校時代に養った旺盛な「権力への反抗精神」を今こそ十分発散させたいと学生運動にのめり込んでいきました。ところが、数年でその運動も熱が冷めたようにピークを超えたとき、はじめて冷静に、自分はこれまで一体何をしていたのだろうか、日本社会を批判的に分析するだけの知識を自分は十分もっていないのではないかと真剣に考えるようになりました。この時点から、私には知識獲得への強い欲求が突然湧き出てきて、初めて真剣に読書をするようになりました。自分の一生で、1970年代前半のこの次期ほど貪欲に様々な本を読んだときはありません。

学校や大学を強く嫌っていた人間が大学教員になるという、まことに皮肉な道を私はその後歩むことになりました。しかし、私は、大学内だけでの教育・研究には全く飽き足らず、これまで長年の間、様々な草の根市民運動に関わり続けてきました。大学での教育・研究と市民活動は相互に刺激しあうものであって、その相互刺激の中でこそはじめて両方が深みと広がりを増すというのが私の信念となりました。

私のヒーローの一人は、したがって、そのような信念を生涯貫き、教育・研究・市民活動の全ての分野で見事な成果をあげた貴方のお国のハワード・ジン先生です。もちろん、私はジン先生の足下にも及びませんが、同じ信念に基づいて、反核兵器、反原発、反戦、反米軍基地、「慰安婦」問題をはじめとする日本政府の戦争責任追及、憲法改悪反対などの市民運動に幅広く関わってきました。とりわけこの12年ほどは、私が勤める大学のある広島で、そのような様々な活動に関わり、多くの人たちと出会い、知的刺激をおおいに受け、その刺激を研究にも活かしてきたつもりです。したがって、私の現在の思想は、私個人の思想であると同時に、日本の多くの活動仲間の考えをいろいろな形で反映しているものでもあることをご理解していただければ幸いです。

さて、私も前置きが長くなったことをお詫びして、本題に入ります。

現在、日本も貴方の国と同様に、様々な深刻な社会、政治、経済問題を抱え込んで四苦八苦しています。そんな中で、私たち市民にとって最も深刻な問題は、あらためて言うまでもなく、2011年3月11日に起きた福島第1原発事故による放射能汚染問題です。事故発生から2年半たちますが、いまだ15万人にのぼる福島県民が避難生活を余儀なくさせられており、これまで1500人を超える福島県民が災害関連死の犠牲者となっています。子供たちの甲状腺癌の発生率は確実に高まっており、放射能汚染が心身両面にわたって、老若男女を問わず多くの人たちの健康を深く蝕み続けています。海に流れ続ける大量の高レベル放射能汚染水を止めることもできず、放射能汚染問題はますます悪化しており、最早これは日本一国の問題ではなく、地球的規模の問題であることは明らかです。にもかかわらず、日本の首相安倍晋三氏は、あたかも原発事故など無かったかのように原発再稼働の準備を着々と進めているだけではなく、海外へ原発建設を盛んに売り込むなど、まさに被曝を強制する「犯罪行為」と呼べる政策をがむしゃらに推進しています。

前民主党野田政権は2012年9月に、2030年代までに稼働原発をゼロにして、最終的には全ての原発を廃炉にするという政策を打ち出しました。ところが、日本国内の財界からだけではなくアメリカ政府からの強い圧力もあって、この政策はつぶされてしまいました。今や日本とアメリカの原発産業は完全に一体化しているため、日本だけが原発を止めるということは、原発産業全体にとってひじょうに不都合なのです。

その上、日米軍事同盟の維持という目的からも、福島原発事故直後に、アメリカ国務省と米軍の両方から、日本の防衛省に対して、原発事故処理で自衛隊が「英雄的犠牲」行動をとるようにとの強い要請があったことが、最近、日本のTVドキュメンタリー番組で明らかにされました。その要請に応えるため、自衛隊は2011年3月17日に、高レベル放射能が舞い散る空中から、2機のヘリコプターによる原発建屋への放水という危険な作業を強いられました。しかし、放射能低減策という面では、これはなんら効果のない、全く無駄な作業でした。米国務省の当時の東アジア・太平洋担当国務次官補カート・キャンベル氏がこの「英雄的犠牲」を日本側に強いたことは、当時、あなたの同僚であり、国務省で対日支援調整役を務めていたケビン・メア氏がこのテレビ番組の中ではっきり証言していますし、当時防衛大臣であった北沢俊美氏も認めています。*おそらく、あなたもこのことについては、私があらためて説明するまでもなく、熟知しておられることでしょう。

このように、日米両国は、経済面では大企業の密接な一体化が進んでおり、軍事面では日本は米国に完全に従属しています。このような状況の下で、現在、安倍政権は、これまで憲法違反と考えられてきた「集団的自衛権」をとりあえず強引に法制化し、ゆくゆくは憲法を改悪して自衛隊を正規の軍隊にしようと目論んでいます。この目論みが実現し、例えば米国が他国と戦争状態に入ったときには、日本の軍隊は、おそらく真っ先に「英雄的犠牲」を出すことをアメリカから強要されるでしょう。昔は天皇のために「玉砕」することを強いられた日本兵が、こんどは星条旗のために「英雄的犠牲」となることを迫られるのです。なんという歴史の皮肉でしょうか。

日本政府が米国の要求受入のみに汲々として、私たち市民の生命と生活の安全については全く顧みないという従属的態度をとっていることは、沖縄の普天間基地返還問題や、事故を頻繁に起こしているオスプレイの沖縄・岩国配備受け入れを見ても明らかです。岩国基地は私が住む広島市からは47キロしか離れていません。岩国市内と周辺の住民はもちろん、広島県各地の住民も、訓練のためにしばしば低空飛行を行う米軍ジェット戦闘機の騒音に悩まされ、墜落事故の危険性に脅かされながら暮らしています。ご承知のように、岩国基地は、2006年5月に日米両国が合意した「在日米軍再編計画」の結果、大幅に拡大・強化されることになり、近い将来には、米軍の極東最大の攻撃基地となる可能性があります。広島に隣接する呉市は、海上自衛隊の一大基地ですが、1991年湾岸戦争以来、アメリカが戦争をするたびに、ここが度重なる海上自衛隊の掃海艇部隊や輸送艦派遣の基地となってきました。今や、海上自衛隊艦船の海外派遣は常時化していますが、これもアメリカからの要請によるものです。実は、米軍は、この呉市内の広と江田島の秋月、それに東広島の川上の3ケ所に弾薬貯蔵庫を持っており、その弾薬貯蔵能力は極東最大と言われています。朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争などでは、これらの貯蔵庫が弾薬補給基地として重要な役割を果たしました。湾岸戦争で大量に使われた劣化ウラン弾も、ここに貯蔵されていたものと思われます。

ご存知のように、人類初の核攻撃の目標となって多くの死亡者を出し、放射能によって引き起こされる様々な癌や白血病などでこれまで多くの被爆者が亡くなっていった広島は、「平和都市」と呼ばれています。しかし、この「平和都市」の周辺には、このように、「平和」を破壊する日米両国の軍事基地や関連施設が散在しているのが実情です。

あなたが「全く役に立たない」と批判された「ミサイル防衛」でも、2003年度末に日本政府はアメリカの要求通りにミサイル防衛システムの導入を決定しました。以来、これまで毎年1千億円から2千億円という膨大な金額のお金が、この無駄な計画に注ぎ込まれてきました。今年度も、ミサイル防衛という口実でのイージス艦増強などで、防衛費を前年比で400億円を増額させ、総額4兆8千億円もの私たちの税金が「防衛費」として浪費されています。

あなたは、「できるだけ多くの私たちの軍隊を本国に送り返して下さい」と私たちにお願いされましたが、日本の米軍基地を無くし、さらに日本の軍事予算を減らすことは、したがって、私たち日本の市民運動だけで達成するのはなかなか困難です。多くの米日両国の市民の人たちに日本における米軍基地の現状を知っていただき、アメリカでも同時に海外米軍基地撤退と米日両国の軍事予算減額の要求運動を広く展開していただかなくてはなりません。ちなみに、米国市民の何人が、世界中に1千以上の米軍基地施設があること、またそれらを維持するための財政負担の大きさを知っているのでしょうか?日本政府は、毎年2千億円という私たちの税金を米軍基地維持費の一部として出費しています。アメリカが日本その他の同盟国に軍事予算増額で圧力をかけるのを止め、自分たちもその巨額の軍事予算を削減するだけでも世界の状況は違ってくるはずです。ですから、今こそ、強力な反戦・反軍備運動を共に巻き起こすことで、私たち日本市民と連携することを強くお願いします。

一方、日本政府は、国内においては、環境問題には全く留意しない、相変わらずの土建国家的バラマキ公共投資、大企業利益優先政策とそれと密接に絡んだ2020東京オリンピック開催や環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加政策を、「国土強靭化」というまやかしの表現のもとで進めています。その結果、一般市民はインフレ、増税、医療費自己負担額の増額、生活困窮者支援の実質的な切り下げなどでさらに苦しい生活を強いられています。今や、日本の労働人口の4割、すなわち2千万人を超す労働者が、十分な労働者権利を保障されていない非正規労働者です。「強い国家」の再建をめざすという「アベノミクス」の実態は、したがって、市民生活を徹底的に破壊する、「社会崩壊政策」以外のなにものでもありません。アメリカ同様、私たちの国でもまた、貧困者はますます貧困化しており、とりわけ母子家庭と老人たちの生活がひじょうに苦しくなっています。

安倍政権は、外交問題においては、いわゆる「尖閣諸島」領有問題で、その歴史的な背景を全く無視して一方的な主張を繰り返すばかりで、中国政府との冷静な対話で解決をしようという努力を完全に放棄して、国家機能を麻痺させている状態です。その上、安倍首相は、「日本軍慰安婦=性奴隷」問題では、「強制連行を証明する証拠資料は存在しない」という事実とは全く異なった発言を繰り返しています。この問題で日本の責任を明確に認めた1993 年8月の「河野洋平官房長官談話」についても、「見直しを含めて有識者が検討するのが望ましい」という恥ずべき公式見解を発表しました。1948年11月の東京裁判結審で、日本が犯した「平和に対する罪」と明確に定義・判断され、その後の国際法学界でも広く受け入れられてきた「侵略戦争」についても、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない」などと発言して、厚顔無恥さを曝け出しました。これが、長年にわたって日本の保守政治家の歴史認識の貧困性を批判してきた韓国や中国のみならず、欧米諸国においても厳しい日本政府批判を再発させました。そのため、安倍首相は、国外では戦争責任問題言及の回避に努める一方で、国内では靖国参拝問題や「教育再生」政策でナショナリズムを煽るという矛盾した言動をとり、ますます国際的信用を低下させています。

あなたは、あなたの国が「過去の過ちから何も学んでいないように思えます」と言われましたが、上に述べたように、その点では日本は米国と同じです。その上、1945年8月にあなたの国が犯した最も由々しい「人道に対する罪」、つまり原爆による無差別大量殺傷の犠牲に2回も私たちはさせられたにもかかわらず、私たちの政府はアメリカの核戦略をずっと支持し続けてきましたし、1953年12月のアイゼンハワー大統領の「アトムズ・フォア・ピース」演説以来、原子力利用の推進に邁進してきました。その結果、史上最悪の原発事故を福島で引き起こしてしまいました。今や、大量の高レベル放射能汚染水を毎日太平洋に流し続けている上に、地震と爆発で崩れかかった原子炉4号機の建屋には1533本もの燃料棒がプールに入っていて、全く手がつけられない状態になっています。この燃料棒にはヒロシマ型原爆5000発以上のセシウムが含まれていますので、4号機建屋が倒壊したら、日本全国どころか北半球のほとんどの地域が放射能で汚染されます。東京にはもちろん誰も住めなくなり、2020年オリンピック東京開催計画など、一瞬にして吹っ飛んでしまいます。長期的に観ると、これは人類を含む地球上のあらゆる生きものの存続を脅かす、ひじょうに重大な問題です。

あなたは、「人間性を守り、目下、急速に進んでいる気候変動の猛襲から地球を守る闘い」で日本とアメリカは同盟国であり続けなければならないと言われました。基本的に私はあなたの意見に賛成です。しかし、日米同盟両国にとって、目下、最も緊急且つ危険で手強い「敵」は、この福島第1原発が引き起こす危険性のある、これまで人類が経験したことのない規模での「核ホロコースト」だと私は思います。そこで、私を含めた多くの日本市民から、あなたご自身を含めた多くのアメリカ市民の皆さんへ強くお願いをしたいことがあります。今、福島が直面している危機的状況をなんとか早急に克服するために、日米両国のあらゆる知恵を結集して至急に解決策を打ち出すよう、私たち日米両国市民が一致協力して、日米両国政府に要請する運動を、それぞれの国で広く展開すべきだと思います。どうぞ、そうした要請運動をぜひともアメリカで起こして下さい。私たちも日本で同じ運動を起こし、展開するよう努力します。

大量破壊兵器である核兵器を開発・使用し危険な原子力エネルギー活用を世界的規模で推進してきたあなたの国、アメリカには、福島原発事故で日本を支援する責任があると私は思います。同じように、核兵器で多くの犠牲者を出したにもかかわらず、アメリカの核戦略と原子力政策を全面的に支援し、自らも原発を乱立させてきた日本にも重大な責任があると思います。**その責任とは、両国の市民が、放射能という危機に迫られている(これから産まれてくる世代を含む)人類全体のみならず、この地球上のあらゆる生きものと環境を守る責任だと私は考えます。

以上があなたのお手紙への私の応答ですが、これを機会に多くの日米両国の市民がこのサイトで意見を交換し合い、今私たちが共通に直面している様々な問題解決のために力を合わせて活動していくことを心から願って止みません。

2013年9月11日
田中利幸
一広島市民

*原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(1) - Dailymotion動画
  http://www.dailymotion.com/video/x12zo4r
**原発と原爆 日本の原子力とアメリカの影(2) - Dailymotion動画
  http://www.dailymotion.com/video/x12znzk_



Thanks, an Apology, and a Request: A Diplomat’s Farewell

By D. H. Garrett

Dear Japan,

            I am an admirer.  I love your beauty and your strength, your serenity and your energy, your creativity and your traditions.  Beyond that, I am deeply grateful to you for providing me with at least part of the education and experience that allowed me to follow a diplomatic career, one it is true which is over.
            Long ago in my teenage years, nothing gave me more joy than reading.  Finally the day came though when I wanted to have the type of adventures I had been reading about, so I dropped out of college and hitchhiked around the world.  It was in the Hindu Kush Mountains of Afghanistan that I met a young Japanese musician and reporter who was writing about nomadic peoples.  Because I spoke a little Farsi I was able to help him negotiate a price for a horse and guide that was agreeable to all.   That was the beginning of my Japanese karma.  In fact we later met again by chance in Istanbul.  At that point we decided to return to Europe together, where he had once performed as a musician and still seemed to have quite a few girlfriends.  When it was time for him to return to Japan he invited me to come along.   I was though at the moment deeply involved in learning French with a beautiful young woman, and said if he didn’t mind I would try and come later.
            And this is in fact what I did.  After the tearful farewells of a lovely summer romance, I went to Japan and stayed with my friend in a little village high in the mountains of Niigata, the Snow Country.  It was everything that Miyazawa Kenji might have written about, a place almost of heaven on earth because the earth was still full of moon, and stars, and magic.  There were spirits in every tree and rock and animal and the gods and goddesses were not so far away that they didn’t make an appearance from time to time.   Here I planted rice, and weeded rice, and harvested rice, and shoveled snow from the roof and yes, drank quite a bit of “Dobroku.”  Maybe it was the Dobroku, but the result was that I managed to learn a little Japanese, too.  This helped greatly in receiving my next fortunate bit of Japanese karma.
            After eventually returning to America and completing my degree, I wanted to return to Japan and so I applied to the Ministry of Education for a scholarship.  I remember going to the Japanese Consulate in Houston, Texas to take the language exam.  The staff was so amazed to find an American, a Texan who could read and write any Japanese at all that they kept coming in one by one to watch me take the test.  Finally they stopped me, mid-test and said, “that’s fine, come and have some Udon with us.”  It was all a little disconcerting, but the Udon was quite delicious and I guess you can say my Japanese karma was still good.  Because there weren’t too many Americans at that time with a bit of Japanese language knowledge, my very basic Japanese stood out and I was able to receive a scholarship, and study for two years at Kyoto University as a Kenshuin.  And this in turn, is what allowed me later to become a diplomat.
            After studying in Kyoto I returned again to America.  Perhaps it was because of the influence of the subtle beauty of that blessed place, that I decided to turn my hand to writing, painting, and composing.  Alas, being gifted in none of those, I eventually needed to find a real job.   I took the exam to enter the Foreign Service and passed the written test, but missed passing the oral exams by a few points. Here again my lucky Japanese karma appeared.  Because of my modest Japanese language knowledge, I was awarded a few extra points, just enough to pass, because the State Department at that time needed more Japanese speakers, and it had been identified as a Critical Needs Language.  Suddenly I was transformed from ‘starving artist’ into a Diplomat!        
                 And this is where I get to the serious core of this letter, which, I’m sorry to say has probably meandered on too long already.  I was eventually posted to Japan, as a Political Officer, a 2nd Secretary at the U.S. Embassy in Tokyo.   There was much that I did, in terms of human rights, and trafficking in persons, and international organizations, which I think, speaks well of a productive relationship between two equal nations.  There were though a few things I was asked to do, which I personally did not agree with, but which I carried out as part of my duties.
            I used to walk from the U.S. Embassy over to the Ministry of Foreign Affairs.  If the message I was to deliver was one I didn’t agree with, I used to walk a little slower, wondering if I was selling my soul for a diplomatic passport. Once, for example, I was asked to deliver a demarche about the U.S. position on cluster munitions (basically that the new generation of these weapons was much safer).  Japan of course has signed the Convention on Cluster Munitions, and the U.S. has not.   These horribly indiscriminate weapons (new generation or not) are rightfully banned.  For Japan’s signature though to have any real meaning, it cannot allow it’s major defense ally to store them in Japan: to do so is to be complicit.  The U.S. position (as it is with landmines) is wrong and I apologize to the people of Japan for pretending otherwise.
            Once I was asked to deliver a demarche asking that Japan not support a U.N. resolution calling for research into the health effects of depleted uranium.  As the children stillborn, or born deformed in Fallujah and elsewhere testify, depleted uranium weapons pose a horrible health risk even after their initial explosive destructiveness.  The U.S. position is wrong and I apologize to the people of Japan for pretending otherwise.
            Once I was asked to deliver a demarche to the government of Japan asking them not to vote in the U.N. Human Rights Council to accept the Goldstone report from the U.N. fact-finding mission to the Gaza conflict.  Had this report been written by a U.S. State Department Human Rights Officer (as I was) about a country that wasn’t a U.S. ally, it would have been widely praised by the Secretary of State.  The U.S. position was wrong and I apologize to the people of Japan for pretending otherwise. 
            Once, as a Human Rights Officer I was approached by a Japanese group, the Victims of the Red Purge, asking that I deliver a letter to President Obama, asking for an official apology for this U.S. occupation-instigated action that cost so many innocent Japanese their jobs and dignity.  I wrote a cable which included their letter, to be delivered to Washington with the recommendation that the U.S. move past this mistaken cold war overreaction and issue a formal apology.  The Embassy however overruled my recommendation.  In fact, U.S. intervention in the domestic affairs of Japan to insure it had a loyal anti-communist ally, driven largely by a hysteric level of anti communist demagoguery in U.S. domestic politics, resulted in a profound warping of Japanese democracy, a warping which has persisted for a very long time.    The U.S. position is wrong and I apologize to the people of Japan for not being successful in obtaining both an apology and a formal statement that during the Cold War, while the U.S. posed as a champion of freedom, and in some cases may have actually been so, in far, far too many countries and locales, it was deeply and criminally complicit in the suppression of many peoples who wanted that freedom but were so unfortunate as to be under regimes that touted their anti-communist credentials.
            In my own defense, I did try to raise my concerns in various venues.  I sent two Dissent Channel cables on climate change, and still recall with a smile the day in the Ambassador’s mahogany-paneled conference room sitting at his magnificently long table across from a solid line of sparkling medal-bedecked military officers when, following a presentation on anti-missile defense, I pointed out that numerous studies (including from our own Congressional Budget Office) have determined that anti-missile defenses don’t work and it seemed to me that we were doing little more than making Raytheon and other corporations and consultants, rich.  Ah, the wonderful awkwardness of that moment as if one could almost palpably hear the air escaping from so many punctured pompous balloons.     
            And this is where I now ask the people of Japan for help.  My country is no longer the country I once knew, a country moving at least in the direction of providing opportunity for all, regardless of income.  The tendency to paranoia and international law-breaking was always there, at a low fever, in clandestine and semi-clandestine actions around the world, driven by visions of American exceptionalism pandered onto an all too naive public.  Though I like to believe that there was the intention at least to make the world a better place, in fact these actions were frankly not just frequently amateurish and inept, they resulted in the suffering and death of many.  Nor it seems, have any of the lessons been learnt.  Since 9/11 the United States has adopted a national security policy that can most charitably be described as one of anaphylactic shock.  Terrorism ranks with shark attacks in terms of real risk.   We have however so over-reacted, and misreacted to the tragedy that we have become a danger both to ourselves and to others. We have squandered our treasure in the sands of hubris and misunderstanding, and I often wonder now if the real good that we do has become just a fig leaf to cover our obscenely over-muscled shadowhand -tattooed as it is with empty slogans- that wields death and destruction at the press of a button, but doesn't know how to build, and doesn't seem to have the slightest grasp of history.   Out of the excesses of our fears, we have perverted our own constitution, and become a surveillance state, in which the government itself moreover has become, in the words of Nobel Prize winning economist Joseph Stieglitz, a “government of the 1% by the 1 % and for the 1%.”  With a populace mired in debt, befuddled by vapid corporate media-tainment, and worshiping mindlessly at the rat-race temple of empty consumerism, America is now essentially run by the type of military-industrial-political-banker cabal that President Eisenhower had warned about.
            Japan please think twice, thrice about the things America asks you to do.  Please be a good friend and send as much of our military home as possible.  We cannot afford it anymore.  Our poor are getting poorer, our education systems are falling behind, and our infrastructure is crumbling. Say that you are happy to work with us, but only if we find a way to either harness or reign in our greed so as to conserve and restore the earth’s natural systems which are all now rapidly being destroyed.  Say that you would be happy to be our friend and ally in the greatest battle ever fought, the battle to preserve humanity and the earth from the now rapidly advancing onslaught of climate change.  But do not get caught in the misguided adventurism of a decaying empire that is flailing about at phantoms, while the real dangers that haunts it, -climate change, environmental degradation, and the rapidly growing level of inequality of its own people- have essentially been sacrificed on the alter of a military-industrial-political-financial machine that is its own worst enemy.


With the Deepest Respect and Love and Thanks,

Daniel H. Garrett
Former Political Officer, Foreign Service, U.S. Department of State and Second Secretary, U.S. Embassy, Japan 2008-2010,

DISCLAIMER:  The views expressed herein are solely those of the author, and do not necessarily reflect those of the U.S. Department of State or the U.S. Government.


A Response to the Letter from Mr. D. H. Garrett
- Co-responsibilities of American and Japanese Citizens ?

Yuki Tanaka

Dear Mr. Garrett,

I was very moved by your honest and sincere letter. It is reassuring to know that among the staff of the U.S. State Department is a conscientious person like you, who entertains doubts about your own government’s policies, yet is struggling to improve your nation. I hope that some of your former colleagues will have the courage to speak out while they are still in office and criticize the U.S. government in order to change its political course for the better. I wonder if this is too optimistic a dream.

Let me begin my response with a brief explanation of my own personal background as you did in your letter.

I was born and grew up in a small country town in Fukui Prefecture, not far from the large Zen temple, Eiheiji, which means ‘temple of eternal peace.’ Founded in 1244 by the master monk Dogen, it belongs to the Soto sect. It is a beautiful, quiet place surrounded by mountains and the magnificent, clean Kuzuryu (the dragon with nine heads) River, which flows nearby. There is a brewery in this town that makes nice sake ? one of my favorites. You may know that even today more than 100 young men live in the temple, training to become qualified Zen monks. Unlike you, I was not at all interested in reading as a child. I was boisterous and played outdoors, running about and getting dirty. Yet, whenever I saw those young trainee monks outside the temple, I could not help feeling restrained and quiet, overcome with a respect that I didn’t really understand. I enjoyed school until I was about 9 years old, but from grade 4 onwards it offered little to interest me. You probably know that the Japanese school system was and still is basically designed to cram tedious factual knowledge into children’s heads. It does not aim to nurture creativity and the imagination of the individual. Frustration with this rigid system led me to dislike school intensely and I directed my feelings of anger and dissatisfaction at the teachers, thereby becoming a ‘problem child.’ In those days corporal punishment was widely sanctioned and I became a victim of the teachers’ constant violence, which made me more and more rebellious. This continued until graduating from senior high school.

When I moved to Tokyo to attend university it was at the peak of the students’ political movement, and along with many of my fellow students, I became deeply involved. It was a great opportunity to express my ‘rebellion against authority.’ As a result, I hardly attended lectures and continued to be disinterested in reading. Yet, when the student movement began to wane and our zeal for social reformation quickly faded in the early 1970s, I suddenly realized that I did not have the knowledge to critically analyze the society of my own country. It was then that I developed a strong desire for knowledge and started reading voraciously. I have never read so intensely and widely in my life as in the first half of the 1970s.

It is a real irony that a person like me, who hated school so much, became a university professor. Yet, teaching and research alone never satisfied me. For many years now I have found a balance by also being involved with different grass-roots civil movements. I strongly believe that university teaching and research can be enhanced by interaction with civil movement activities outside the university, thereby stimulating and enriching both groups of people.

It is for this reason that I have such admiration for your fellow countryman, the late Professor Howard Zinn, who so successfully spread his work across these three fields. Of course I am no match for Professor Zinn, although I base my personal approach on this same philosophy. I have long been involved in many social and political movements including anti-nuclear, anti-war, anti-U.S. military bases, seeking the Japanese government’s war responsibility for such atrocities as the ‘comfort woman’ issue, maintaining Article 9 of Japan’s constitution among others. In particular, during the last 12 years, I have been active in a number of grass-roots movements in Hiroshima, where I have met many interesting people, from whom I have gained much valuable knowledge. At the same time I have endeavored to utilize this knowledge in my own academic research as much as possible. The ideas and opinions expressed in this letter thus reflect those of many of my fellow activists in Hiroshima and other parts of Japan.

I apologize for this rather long introduction, and would now like to respond to your letter.

Today, Japan, like the U.S., is facing many grave social, political and economic problems. Without question, however, the most serious matter for the Japanese people is the on-going radioactive contamination that has resulted from the catastrophic nuclear accident at the Fukushima No.1 Nuclear Power Plant that was triggered by the Great East Japan Earthquake, which occurred on March 11, 2011. It is now two and a half years since the accident and large sums of money have been spent on decontamination work in the vicinity, yet radiation levels in the area have never declined. On the contrary, each day large quantities of highly radioactive water leak from the power plant into the Pacific Ocean and TEPCO is incapable of controlling this. More than 150,000 people from Fukushima are still unable to return home and so far more than 1,500 people have died as a result of the stress caused by dislocation. There is evidence that the rate of thyroid cancer among children is rising, and the fear of radioactive contamination is deeply undermining both the physical and psychological health of men and women of all ages. The radiation contamination caused by the Fukushima Power Plant is no longer simply a problem for Japan, but unquestionably a global concern. Surprisingly, however, Prime Minister Abe Shinzo continues to promote a strongly pro-nuclear advocacy. Not only is he endeavoring to restart all Japan’s nuclear reactors as soon as possible, he also aims to export Japanese nuclear reactors to overseas countries, as if no nuclear accident had ever occurred in Japan. Inevitably, by reinforcing these nuclear policies more people will be affected by radiation. Clearly, this is undesirable and potentially criminal conduct. 

In September 2012 the then Noda Yoshihiko government of the Democratic Party of Japan launched a policy to stop the operation of all nuclear reactors in Japan by the 2030s and eventually to decommission them. This policy was soon scrapped, however, due to strong pressure from Japanese big businesses as well as the U.S. government. It is obvious now that the American and Japanese nuclear industries are closely intertwined, and it would be inconceivable for the nuclear industries to stop operating power plants just in Japan.

A television documentary recently broadcast in Japan revealed that soon after the explosions at the Fukushima reactors, the U.S. government and the U.S. military forces demanded that the Defense Ministry of Japan make an ‘heroic sacrifice’ when dealing with this nuclear accident, in order to maintain the U.S. ? Japan Alliance. In response to this request, on March 17, 2011, the Japanese Self Defense Forces sent two helicopters to spray water over the troubled buildings from the sky, which was filled with highly radioactive air. This dangerous mission was utterly useless in terms of decreasing radiation levels at the power plant. In the documentary your former colleague in the U.S. State Department, Mr. Kevin Maher, who was then director of the U.S. State Department's Office of Japan Affairs, clearly testified that this heroic sacrifice was indeed requested by Mr. Kurt M. Campbell, the then Assistant Secretary of State for East Asian and Pacific Affairs. The then Japanese Minster of Defense, Mr. Kitazawa Toshimi, also testified that this request had been made.* I imagine that you, too, are aware of this incident.

Today the U.S. and Japan are closely intertwined not just in economic and business circles, but in the realm of military action too, where Japan has become subjugated to the U.S. Our Prime Minister, Mr. Abe, is now pushing to legalize the use of the right to collective self-defense, which has hitherto been regarded as a violation of Japan’s peaceful constitution. His final aim is to change the constitution and abolish Article 9 so that Japan would be able to possess proper military forces. It would seem that, theoretically at least, if the use of the right to collective self-defense is legalized or Article 9 of our constitution is abolished, and if the U.S. began a war against another nation, Japanese forces could be required to make an heroic sacrifice as part of this collaboration. It is an irony of history that Japanese soldiers, who were once forced to make an heroic sacrifice for their emperor, may have to show loyalty to the Stars and Stripes by making an heroic sacrifice for the American forces!

The Japanese government, always subservient to U.S. military power, continues to agree to U.S. demands eagerly. It has accepted the requests to relocate the U.S. base from Futenma to Henoko and to deploy the accident-prone aircraft, Osprey, in Okinawa and Iwakuni. The U.S. military base in Iwakuni is only 47 kilometers from the city of Hiroshima where I live. U.S. jet fighters constantly conduct low altitude training flights over civilian homes in and around Iwakuni City, as well as over many parts of Hiroshima Prefecture. Many civilians suffer from sound stress caused by jets and live in constant fear of plane accidents. You will be aware that as a result of the Realignment Plan of the U.S. Military Forces in Japan, to which Japan agreed in May 2006, it was decided that the Iwakuni Base would be significantly reinforced and expanded. There is a strong possibility that Iwakuni will become the base for the largest attacking forces in northeast Asia in the near future. Moreover, Kure City not far from Hiroshima City is host to a large base of Japan’s Maritime Self Defense Forces. Since the Gulf War in 1991 this has served as the base for dispatching Mine Warfare Forces and transport vessels to the Middle East and Indian Ocean each time the U.S. conducts war in these regions. These days the MSDF’s overseas operations have become a regular service due to U.S. demands. In addition, the U.S. forces hold three large ammunition depositories in and around Kure City ? one in Kure City, one in Etajima, and another in Higashi Hiroshima City. It is said that the total storage capacity of these three depositories is the largest in northeast Asia. These depositories played vital roles in supplying ammunition to the American forces when they fought in wars in Korea, Vietnam, and the Middle East. It seems that large quantities of depleted uranium weapons used in the Gulf War were also stored in and transported from these storages.

Today, Hiroshima City is known as a ‘Peace City,’ following the killing, destruction and suffering caused by the atomic bombing. Yet, the city is surrounded by American and Japanese military facilities, which are capable of destroying the peaceful life of many people in the Asia-Pacific region.

The issue of anti-missile defenses is another major cause for concern and I share your opinion that they don’t work. Yet our government accepted the request from your heads of state and agreed to introduce this defense system from the end of fiscal 2003. Since then, each year 100-200 billion yen has been spent on these futile toys for our ‘sparkling, medal-bedecked military officers.’ This year tax payers will contribute 4.8 trillion yen to the defense budget, a 40 billion yen increase from last year. This includes an increase in the number of Aegis ships, used on the pretext that they are ‘anti-missile defenses.’

The request in your letter that we send home as many of your military as possible is not a task that can be easily achieved by Japanese civil activists. Similarly, persuading our government to reduce its military budget is equally difficult. Informing the general populace in both countries of the extent of the military commitment and entanglement of our two countries might, however, be a useful step in the right direction. I urge you to help your fellow countrymen and countrywomen understand the current situation of the U.S. forces stationed in Japan and ask that you demand the withdrawal of U.S. forces stationed overseas. I wonder how many American citizens are aware that there are more than 1,000 U.S. military bases worldwide that require huge sums of money to maintain. Every year our government alone spends about 200 billion yen (more than 2 billion dollars) contributing to the cost of maintaining U.S. forces in Japan. If the U.S. would cease pressure on Japan and other allied nations to commit to increase military spending and itself reduce its own massive military budget, the world would be a better place. I urge you and your fellow citizens to join us in our attempts to increase public awareness of the cost and detriment of these military arrangements.

Japan has many problems with its domestic policies, too. Prime Minister Abe’s promotion of economic polices under the banner of ‘Remaking Japan Robust’ is simply an old fashioned way of stimulating the economy by funding large construction projects that favor big industries. This includes such things as the 2020 Tokyo Olympics and the Trans-Pacific Strategic Economic Partnership (TPP), which incidentally completely ignore environmental issues. As a result, the population is suffering from inflation, tax increases, the sharp decrease in public health funds and other social welfare funds and the fact that currently 40 per cent of the labor force, or over 20 million workers, are part-time or casual workers, whose labor rights are not fully protected. As in your country, the poor are getting poorer, in particular single mothers and pensioners.

There are many other issues, too. The current government’s policy regarding the so-called ‘Senkaku Island issue’ is totally dysfunctional, as it ignores the historical background, makes one-sided claims and fails to engage in dialogue with the Chinese government. Similarly, the government’s handling of the ‘comfort women’ issue has been equally incompetent. Mr. Abe has repeated an ignorant claim that there is no evidence to prove the enforcement of sexual slavery. Unashamedly, he publicly denounced the 1993 statement by Kono Yohei, then Chief Cabinet Secretary, acknowledging the Japanese government’s direct responsibility for this matter. The issue of Japan’s ‘war of aggression’ between 1931 and ’45 is also problematic. Mr. Abe has stated that there is currently no clear definition of ‘war of aggression,’ implying that Japan did not invade China and other Asian nations. In contrast to his statement, however, Japan’s war of aggression was clearly acknowledged as a crime against peace at the Tokyo War Crimes Tribunal, and since then the legal concept of ‘war of aggression’ has been well developed and defined by many international law specialists. Such assertions, which clearly indicate an ignorance of historical facts are causing friction, not only with China and Korea, but also with the U.S. and other Western nations. It is of great concern that this lack of information is causing Japan to lose international credibility as a nation.

Your comment that the U.S. appears not to have learnt from past lessons is a problem Japan also shares, as I have indicated above. Although our country was the victim of the atomic bombing, one of the most serious crimes against humanity in history committed by your government, Japan has been one of the most eager supporters of U.S. nuclear strategies. Indeed, since President Eisenhower’s announcement of ‘Atoms for Peace’ in December 1953, we have doggedly sought to use nuclear energy. The ultimate result of this pro-nuclear drive, devoid of foresight, was the disastrous accident at the Fukushima No.1 Nuclear Power Plant. As a consequence, we are now contaminating the Pacific Ocean, constantly discharging large quantities of highly radioactive water. To add to this catastrophe, there are currently 1,533 fuel rods in the spent fuel pool on an upper floor of the Unit 4 reactor building, which was badly damaged and weakened by the earthquake and the subsequent explosion. It is said that the amount of cesium 137 in this fuel pool is equivalent to 5,000 Hiroshima atomic bombs. Currently, no one really knows how to handle this problem. If this building collapses and the fuel pool loses cooling water, the consequences are unimaginable. Not only the entire Japanese Archipelago, but possibly large parts of the northern hemisphere, will be seriously affected by highly toxic radiation. Tokyo will most probably become uninhabitable and Japan’s dream of the 2020 Olympic Games will turn into an horrendous nightmare. In the long term, this is a truly serious problem, which may endanger all life on this planet.

Although the issue of climate change is without doubt one of the greatest issues concerning the planet and mankind, it would seem to me that the most imminent, dangerous and formidable enemy for the US-Japan Alliance is the possibility of a ‘nuclear holocaust’ on a scale never experienced until now. I would therefore urge you and your fellow American citizens to join us in an international campaign, demanding US-Japanese cooperation that unites our wisdom and knowledge in order to find and implement an effective method for solving the current Fukushima crisis. I beg you to embark on this immediately, before it becomes too late.

The U.S. and Japan must share responsibility for the present crisis. It was the U.S. that developed, used and proliferated nuclear weapons and vigorously promoted this technology as an energy source worldwide. Yet Japan ignorantly augmented the use of nuclear power despite our costly experience as the victims of radiation from the atomic bombing.** Both nations have a duty to protect human beings, including future generations, as well as all living creatures and the natural environment of this planet.

Thank you for reading my response. Lastly, I sincerely hope that many Americans and Japanese readers of this web site will join this discussion, and consolidate our efforts by exchanging ideas and opinions through this site to solve our common problems.

http://www.dailymotion.com/video/x12zo4r
** http://www.dailymotion.com/video/x12znzk_

September 11, 2013

Yuki Tanaka
A citizen of Hiroshima    

Wednesday, September 11, 2013

朝鮮学校の良さを知ってもらいたい: 原京子レポート&映画「ウリ・ハッキョ」紹介 

バンクーバーの仲間、原京子さんによる貴重な寄稿です。たくさんの人に読んでもらえるようリンクを拡散してください。@PeacePhilosophy

追記:9月28日に一部加筆修正しております。


朝鮮学校ってどんなところ?

(横浜朝鮮学校訪問記と映画“ウリ・ハッキョ”のご紹介)

 
原 京子

東京・新大久保、大阪・鶴橋で“凱旋”を行っている一部団体の常軌を逸した行為が問題となっている。また、“ネトウヨ”(ネット右翼)と呼ばれる人種が出現し、ネット上で在日コリアン・韓国人・中国人を誹謗している。

北朝鮮情勢が緊迫してくると、マスコミ報道が過剰になり、これまで朝鮮学校を援助していた各地方自治体も、補助金の次年度予算案への計上を見送る方針に変わってしまった。

東京・町田市では、市内の小学校の新入生にこれまで配布してきた防犯ブザー(私立の場合は、希望する学校には配布していた)を、朝鮮学校の児童には配布をしないと教育委員会が決定した(20133月)。配布取りやめの理由は、「社会情勢と市民感情に照らし、今回は配布できない」ということだった。町田市の防犯ブザーの一件には多くの抗議が寄せられ、その後町田市教育委員会はこの決定を撤回した。

朝鮮学校については、「北朝鮮の思想教育をする危険な学校」のイメージが横行している。

私は、これまで多くの朝鮮学校の学生、卒業生と関わってきたが、“危険な思想”を感じたことはない。最近の朝校生からはむしろ、素直で純粋な印象を受けている。朝鮮学校を思想教育の場として考え危険視する方々のほとんどは、実際には朝鮮学校を知らず、朝鮮学校の学生と直接関わることなしに、イメージだけで判断しているのではないだろうか。
 
先日、横浜市在住の裵 安(ぺい あん)さんのご紹介により、朝鮮学校を訪問する機会を得たので、多くの人の中にある朝鮮学校への固定観念を払拭していただきたく、このレポートを投稿する。


神奈川朝鮮中高級学校・訪問

横浜駅から徒歩20分。小高い丘の中腹にあり、
“横浜朝鮮学校”として知られている。
20134月、学校法人・神奈川朝鮮学園(通称:神奈川朝鮮中高級学校)を訪れた。横浜駅より徒歩20分ほどの所にあるこの学校は、神奈川朝鮮中学校として1951年に開校した。現在は、中・高校があり、近郊に在住する生徒たちが通学している。(同じ敷地内には横浜朝鮮初級学校という小学校もある。)  

現在、全国に大小あわせると80余校あるという朝鮮学校の中でも、神奈川朝鮮中高級学校は大きな規模のもののひとつである。

迎えてくれた張末麗(ちゃん まるりょ)先生は、朝鮮学校での教師歴30年以上のベテラン先生。教師として、同胞として、時には母親の眼で学生たちを見守り育てている。
 
「言葉を話すことで朝鮮人としての自覚が芽生えると思います。朝鮮語を学ぶ機会として朝鮮学校に来るというのが、一番の理由ですね。」
これだけの校舎を造り上げた、一世たちの“想い”の強さを感じる

日本の中で育っている朝鮮人の子供たちは、日本の社会の中で、日本のテレビ(ニュースを含め)を見て、日本の食べ物を食べ、日本語を話して育つ。その中で民族を意識していくことには、大きな努力が必要となってくる。その中でも、特に言語の習得が、保護者が学校に期待する最も大きなものであるという。朝鮮学校に行かないと朝鮮語を習得する機会がないため、母国語を話せない在日の若者も増えてきている。言語を話せるかどうかは、民族のアイデンテイテイ-を保つために重要なものである。 

実際に、授業を参観させてもらった。教室の雰囲気は、明るくて柔らかい感じで、いわゆる“北朝鮮のイメージ”とはかなりかけ離れている。

20数名の生徒が机を並べ、見学者を少々意識しながらも、積極的に授業に参加していた。   

凛とした先生の朝鮮語が教室に響く。授業は、すべて朝鮮語で行われる。小学校から入学すると(幼稚園から朝鮮語を学ぶ子もいる)、通算12
年の間朝鮮語で学ぶ。日本生まれの子供たちは、初めは全く朝鮮語がわからずに入ってくるが、すぐに習得してしまうという。

学校内で飼われている犬は、みんなにかわいがられている。
朝鮮半島原産の、由緒正しい血統の末裔だという。
ウリ・マル(朝鮮語)の授業では、先生に示された生徒が前に出て、朝鮮語で朗々と詩を朗読する姿が印象的だった。

女性の先生は、みな民族衣装を着て授業をしている。男子学生は、ブレザーの制服だが、女の子たちは今は見かけなくなったチマチョゴリ風の制服を着用。この制服を着ているとターゲットになりやすいので、学校外では、普通のブレザーにスカートの制服で、学校に来てから民族衣装の制服に着替えるという。

以前は各教室の中心においてあったという金日成の写真も、見学した教室内には見られなかった。(飾られている教室もあると、説明を受けた。)

英語、朝鮮語、生物と3つの授業を見学させてもらったが、どれもテンポの良い授業で、先生たちの意気込みが感じられた。授業は少人数のためか教室内に活気があり、先生の眼が全体に行き届いているように感じる。現在の日本の学校で失われつつある、古き良き時代の先生と生徒のつながりが今でも生きているような印象を受けた。


授業風景を見学させてもらい、教室を出る時にちょっと目の合った数名の生徒は、みんなニコッと笑顔で、礼儀正しく会釈してくれて好感が持てた。
和やかな雰囲気の教室内。
先生の目が行き届いているという感じがする。
 
「多くの生徒が在日の家庭の子供ですが、国籍は韓国籍、朝鮮籍と様々です。最近では、韓国語を学びたいという日本人の入学希望者もいます。」と、張先生。

日本の政府からの補助がないため、高い授業料を払ってでも“母国語を身につけて民族としての誇りを持ちつづけて欲しい“という、親御さんの強い思いを感じるという。

「朝鮮学校と言うと昔はちょっと悪いイメージがあったかもしれませんが、外で悪いことをしてしまう子たちも、私たちには素直なかわいい子でした。外では、構えていたのかもしれませんね。今は、そういう問題も全くなくなりました。」 

父母(保護者)も大変協力的で、そのサポートがあるからこそ、学校が成り立っていると張先生は言う。多くの父母が朝鮮学校の卒業生ということもあるが、日本の学校で育った父兄が“我が子の教育はウリ・ハッキョ(朝鮮学校)で”というケースもある。

教員は、“日本の公立校よりかなり安い”給与で、それでも子供たちへの愛情と民族教育への情熱を持って、現場に立っているという。先生と父兄の強い信頼関係と協力がうかがわれる。「最近問題になっている教育現場での暴力も、ここでは問題なしです。“これだけのことをしたら、これくらいは当然だよね!?”と、ゴツンとやることもありますが、生徒も納得しているし、父兄も理解してくれます。」今時、珍しいタイプの学校かもしれない。


入学おめでとう応援隊”募集のポスター。
「卒業生は、朝鮮大学や、多くは日本の大学に進学しています。その後も社会の様々な場所で、朝校出身者が出て行って活躍しています。それだけ教育の質も高く、社会的にも評価されているということだと思います。これまで“多文化共生”を掲げてやっていた神奈川県が、昨今の情勢を受けて朝鮮学校の助成金の計上を見送ったことは、とても残念です。これまでとても良い関係が続いていたので、神奈川県の職員の中にもこの措置に驚いている人がたくさんいます。」と、裵さん。これまで、思想教育をしているかどうかの“査察”を受けながらも、県からは理解を得ていたという経緯があるので、今回の措置には納得できないものがある。 

神奈川朝鮮中高級学校は、地元とも共存して存続してきた。

校舎の中に“朝鮮学校の入学式に行ってみませんか?”というポスターをみつけたた。学校を知ってもらうための新しいイベントか?と思い質問したら、「ああ、それは、日本人の有志の方がボランテイアで初めてくれたものです。」とのこと。それまで朝鮮学校を温かく見守ってきた地元の人たちによって、様々な嫌がらせやバッシングを受けながらもがんばっている子供たちを応援しよう、入学式は明るい気持ちで迎えてもらおうと結成されたのが、この“入学おめでとう応援隊”だという。2003年に始まり今年で10
年、オレンジ色ののぼりを立てて入学式を盛り上げてくれている。心温まる企画である。

朝鮮学校は、単なる「学校」として以上に、在日コリアンのコミュニテイーにとって大     切な場所である。そして今、民族教育に力を注ぐ民族学校としてだけでなく、新しい存在意義を模索している。特に神奈川県の場合、様々な国からの在日外国人が増える中、人数も多く歴史も長い在日コリアン、そして朝鮮学校がその中心となっていけるような道を捜していきたいという。

映画“ウリ・ハッキョ(私たちの学校)

もう一つ、朝鮮学校を知るための映画をご紹介する。

「ウリ・ハッキョ」(監督:金明俊・キン・ミョンジュン、2006年・韓国映画)である。ウリ=私たちの、ハッキョ=学校という意味で、在日コリアンの間では、朝鮮学校を親しみを込めて“ウリ・ハッキョ”と呼んでいる。 
映画「ウリ・ハッキョ」ポスター

日本にある朝鮮学校については、日本人もだが、韓国人にもあまり知られていない。この映画は、韓国人の金監督が、北海道朝鮮初中高級学校の寄宿舎に3年半滞在し、先生や生徒と深く関わり合いながら撮影したドキュメンタリー映画である。

朝鮮学校はいったいどんなとことろであるか、実際にその中で暮らした韓国人・金監督の目で温かく描かれており、多くの人々の共感を呼んだ。韓国では、劇場公開された記録映画としては過去最大の動員数を記録し、2006年釜山国際映画祭雲波賞(ドキュメンタリー部門の最優秀賞)、大韓民国映像大賞最優秀賞を受賞している。(日本では、自主上映のみ。) 

朝鮮学校の生の姿を知っていただくために、是非、実際に観ていただきたい映画(DVD)だが、朝鮮学校および在日コリアンの立場を理解していただくために、映画の中の金監督の言葉を引用する。 
日本の敗戦により、その時まで日本国籍だった在日同胞には、植民地以前の朝鮮国籍が与えられた。 しかし65年の日韓協定以降、韓国籍を取得した同胞に多くの有利性が付与されると、韓国籍を取得する在日同胞が急激に増えた。これは在日同胞社会の二分化を加速させる結果を招いた。今でも朝鮮国籍を変えない同胞たちは、いまだに消えうせた朝鮮、あるいは記号としての朝鮮、すなわち無国籍者として存在しているのだ。多くの同胞が、故郷は南・祖国は北と話すのも、さかのぼれば理由がある。  
学校が建てられた初期、いちばん困難だった時代から現在まで、教育援助費を送り続ける北の政府に比べ、南の政府は数十年に及ぶ棄民政策、すなわち在日同胞のことは日本の政府の方でやりなさい、という態度と、各種のイデオロギー攻勢に終始したのだった。  
この事実が、生徒と先生たちには、故郷は南だが、自分たちを理解して大切にしてくれる祖国は北だという思いを生ませたのだ。
多くの在日コリアンと関わり、またこの映画を観て、朝鮮学校また在日コリアンたち     が望んでいるのは、何よりも南北祖国の統一なのだということを、強く感じる。

固定観念を抜きにして、多くの方々に“朝鮮学校”の良さを知っていただきたい。 


原 京子(はら・きょうこ)
フリーランス・ライター。神奈川県出身。1990年、在日コリアンの夫と結婚。1994年、渡加。現在は、バンクーバー郊外に在住。異文化の中での5人の子供の子育ての経験を通して、主婦として母としての視点から、情報を発信。バンクーバー九条の会・会員。平和を考える会「White Rock の会」・共同主催
 

Tuesday, September 10, 2013

オリバー・ストーン来日を2週間追跡取材した朝日新聞の記事

The Untold History of the United States -『語られないアメリカ史』の共作者オリバー・ストーンとピーター・カズニックの8月4日から15日までの旅を共にし、さまざまなメディアの取材を受けたが、とりわけ広島、長崎、東京、沖縄と全行程を追跡した朝日新聞名古屋支社の井上未雪記者の熱心さには、オリバーも、「またお前か」というような冗談を言いながらも、いい意味で根負けしていたように見えた。井上記者は、「異なる歴史認識がある場合どう和解に導くのか」というテーマを二人に投げかけながら、自らもオリバーとピーターの問題意識とその変遷を吸収しながら心の旅を共にしていたように見えた。その井上記者による記事が8月31日に「記者有論」というコラムで掲載される。帝国日本の侵略の歴史に特化して展示する「岡まさはる記念長崎平和資料館」へのオリバーの訪問を冒頭に取り上げ、オリバーが旅の後半で強調していた「日本も自らの語られない歴史に向かい合うべきである」との主張に注目する。しかしオリバーとピーターと私は、井上記者による2週間の濃厚な取材と何百枚にも及ぶと思われる写真撮影の結果として、当然朝日新聞に大型報道記事が載るのであろうと期待していたが、結果としてこの「記者の私見」的記事だけということに驚きを隠せない。写真は一枚も使われていない。沖縄訪問への言及もない。オリバーとピーターが来日を通じて強調してきた、米帝国の軍事覇権への批判、沖縄の抵抗への応援、乱暴な帝国への無批判の従属を続けている日本に対する警鐘は、朝日新聞の編集部にとっても関心がないはずはない。同じく同行していた琉球新報には期間中頻繁に報道記事が出ていた。朝日にも今後記事が出るのであろうと期待する。

そしてオリバーが「素晴らしく聡明な女性」と称賛していた井上記者の努力と真摯な取材に敬意を表したい。@PeacePhilosophy 乗松聡子