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Thursday, February 27, 2014

原爆投下は米国の戦争犯罪および日本の戦争責任の隠蔽に使われた-広島の8つの平和団体からのオバマ大統領への手紙

この手紙の英語版は、英字紙 The Japan Times に2月5日に掲載されました。オバマ大統領に広島に来ることを求めながら、ただ来るのではなく、原爆投下の犯罪性を求め、謝罪するという勇気ある行為を求めています。@PeacePhilosophy

U.S. and Japanese apologies for war crimes could pave way for nuclear disarmament


アメリカ合衆国大統領
バラク・オバマ様

拝啓
 突然お手紙を差し上げます失礼を、なにとぞご海容のほどお願い申しあげます。

 この手紙は、広島市を中心に活動する8つの団体 -「第九条の会ヒロシマ」、「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」、「ピースリンク広島・呉・岩国」、「東北アジア情報センター」、「韓国の原爆被害者を救援する市民の会広島支部」、「8.6ヒロシマ平和へのつどい実行委員会」、「教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま」、「広島YWCA (順不同) - の共同の請願書として大統領閣下に提出させていただきます。なお、これらの8団体は、いずれもいかなる政党や政治団体にも属さない、市民の草の根活動の組織であることをご承知ください。

 昨年1210日、キャロライン・ケネディ駐日アメリカ大使が長崎を訪問され、原爆資料館や平和公園を見学されただけではなく、被爆者とも懇談された後、「可能な限り被爆者の活動を支援していきたい」、「オバマ大統領も核軍縮の目的に尽力しています」と述べられたとメディアは伝えております。私たちも大統領のご尽力には注目しております。さらに1216日には松井広島市長と田上長崎市長がそろって同大使を訪れ、20148月の広島・長崎での原爆投下記念式典に大統領と大使の御両名が出席されるように、との要請を口頭で行いました。これに続き1226日、両市長は、大統領へ書面で同じ要請をアメリカ大使館に提出したと報道されています。

 私たち広島市民も、オバマ大統領とケネディ駐日大使が両都市での記念式典に参加されることを強く願ってやみません。しかし、御両名の広島・長崎訪問にあたっては、19458月のアメリカによる原爆投下が明らかに市民への無差別大量虐殺という「人道に対する罪」であったことを率直に認められ、その被害者に対する謝罪を大統領にしていただくことを強く要望いたします。なぜなら、原爆投下に対する米国の謝罪が、核兵器廃絶を達成するためには不可欠であると私たちは確信するからです。

 その理由については、少し長くなりますが、関連の歴史を顧みることで詳しくご説明させていただくことをお許しください。

 194586日、広島への原爆攻撃の16時間後、トルーマン大統領はアメリカ国民向け声明ラジオ放送で次のように述べました。

世界は、最初の原爆が軍事基地である広島に投下されたことに注目するであろう。それは、われわれがこの最初の攻撃において、民間人の殺戮をできるだけ避けたかったからである。もし日本が降伏しないならば、……不幸にして、多数の民間人の生命が失われるであろう。原爆を獲得したので、われわれはそれを使用した。われわれは、真珠湾において無警告でわれわれを攻撃した者たち、アメリカの捕虜を餓死させ、殴打し、処刑した者たちに対して、戦争の国際法に従うすべての虚飾をもかなぐり捨てたものたちに対して、原子爆弾を使用した。(強調:引用者)

ここでトルーマン大統領は、原爆によって一瞬にして推定7万から8万人の市民を無差別殺戮した犯罪行為を、「民間人殺戮をできるだけ避けるため」というあまりにも皮肉な口実で、正当化しています。ご存知のように、米国では、この原爆攻撃正当化論が戦後ますます誇張され、原爆が使われていなければ戦争は終結していなかったかのような神話が作り上げられ、その神話が今も大多数の米国民の意識の中に深く根をおろしています。原爆攻撃のもう一つの理由として、日本軍が犯したさまざまな戦争犯罪に対する報復攻撃であったことをトルーマン大統領は説明したわけです。もちろん、日本軍が様々な戦争犯罪を犯したことは事実ですが、自分が命令した原爆投下自体も、人類史上最も残虐な戦争犯罪の一つであるという自覚が、ここでは完全に欠落しています。敵が戦争犯罪を犯したから自分たちも報復措置として戦争犯罪を犯すことが許される、ということがあってはなりません。

 アメリカ政府はアジア太平洋戦争終結以来ずっと上記のような正当化を主張し続けています。しかしながら、広島・長崎への原爆投下が戦争終結のための決定的要因でなかったという歴史的事実は、様々な研究者によってすでに証明されています。アメリカ政府のこうした主張は原爆投下正当化のために作られた神話であり、日本政府もまた、後述いたしますように、自己目的のためにこの正当化論を暗黙のうちに支持しているわけです。しかし、米国政府が主張し続けている「戦争を終わらせるために原爆投下は必要であった」という、事実とは全く異なる見解=言い訳がたとえ正しかったとしても、原爆投下による「無差別大量虐殺」という「犯罪性」そのものが否定されるわけでは決してないことを私たちは明確に確認しておく必要があります。原爆投下の是非をめぐる議論は、いつも、それが必要であったかなかったかといった「歴史的状況判断論」にばかり集中する傾向がありますが、そのことによって原爆投下に関する議論の本質であるべき「犯罪性」の問題が実はぼやかされてしまうということも私たちは同時に強く注意しておくべきです。つまり、「状況判断論」で、「犯罪性」の問題がごまかされないようにしなくてはなりません。

 日本は15年にわたってアジアで侵略戦争をおこない、敗戦が誰の目にも明らかになった段階でも降伏することを拒否し続けました。したがって、日本政府にもまた、とくにその国家元首であった昭和天皇には、米国同様に、広島・長崎原爆投下によって多くの人たちが殺傷されたことに対する法的・倫理的責任があると私たちは考えます。当時、日本の植民地であった朝鮮、台湾、それに日本軍に占領されていた中国や東南アジアから広島・長崎に強制労働のために連れてこられた多くの人たちの中からも数多くの犠牲者が出ました。日本政府は、明らかに、これらの人たちに、法的責任がなかったとしても倫理的責任はあるはずです。

 日本政府は、長崎原爆投下直後の194589日、米国に対する抗議文を、スイス政府を通じて外務大臣東郷茂徳の名において送りました。この抗議文の中で日本政府は以下のように述べました。
聊々交戦者は害敵手段の選択につき無制限の権利を有するものに非ざること及び不必要の苦痛を与ふべき兵器、投射物其他の物質を使用すべからざることは戦時 国際法の根本原則にして、それぞれ陸戦の法規慣例に関する条約付属書,陸戦の法規慣例に関する規則第二十二条、及び第二十三条(ホ)号に明定せらるるところなり.
抗議文はさらに,米国を以下のように厳しく非難しています。
米国が今回使用したる本件爆弾は、その性能の無差別かつ惨虐性において従来 かかる性能を有するが故に使用を禁止せられをる毒ガスその他の兵器を遥かに凌駕しをれり、米国は国際法および人道の根本原則を無視して、すでに広範囲にわたり帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り多数の老幼婦女子を殺傷し神社仏閣学校病院一般民衆などを倒壊または焼失せしめたり。而していまや新奇にして、かつ従来のいかなる兵器、投射物にも比し得ざる無差別性惨虐性を有する本件爆弾を使用せるは人類文化に対する新たなる罪悪なり。
この抗議文の起案者が国際法を熟知していたであろうことは疑いありません。広島・長崎への原爆攻撃のみならず、他の都市への空襲も、国際法(ハーグ条約)違法であるという鋭く厳しい無差別大量殺戮糾弾となっています。しかし、これが、日本政府が原爆投下に関して出した最初で最後の抗議文でした。

 1945815日、終戦の詔勅にて天皇裕仁は次のように述べました。
    
    敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ルヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来ス ルノミナラス延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ朕カ帝国政 府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ……
    朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス


つまり、原爆という恐るべき残虐な兵器が開発された今、戦争を継続するならば日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明をも破滅しかねない。よって無条件降伏を受諾する。日本と共に「終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国」に対しては遺憾の意を表せざるを得ないと述べたわけです。しかしこの詔勅の要旨は、原爆投下だけを降伏決定要因とし、アジア太平洋各地で日本軍が犯した戦争犯罪やアジア各地で起きていた抗日闘争を徹底的に無視するどころか、戦争は「アジア解放」のためであったとの自己正当化のための「原爆被害利用」のなにものでもありませんでした。かくして終戦の詔勅は、「非人道的な原爆のゆえに降伏せざるをえなかった」という神話を国民に信じさせ、戦争犠牲者意識だけを煽ることによって、天皇自身をはじめとする戦争指導者の戦争責任はもちろん、日本国民がアジア太平洋のさまざまな人たちに対して負っている責任をも隠蔽する手段の一つに「原爆投下」を利用したのです。トルーマン大統領が、戦争終結を早め「多数の民間人の生命を救うため」に原爆を投下したと述べて、アメリカ政府が犯した重大な戦争犯罪の責任をごまかす神話を作り上げたと同様に、日本政府もまた原爆投下を政治的に利用して、自国の戦争責任を隠蔽しました。

 1945816日に天皇から新内閣の組閣を命じられた東久邇宮(ひがしくにのみや)は、戦時中の日本の最大の欠点は「科学技術」を軽視したことであると述べ、自国の敗北の原因を敵国の最新科学技術=原爆に求めました。新内閣の文部大臣に就任した前田多門も、就任直後の記者会見で「われらは敵の科学に敗れた。この事実は広島市に投下された1個の原子爆弾によって証明される」(強調:引用者)のであり、「科学の振興こそ今後の国民に課せられた重要な課題である」と述べました。かくして、戦後の新内閣もまた、自国がアジア太平洋各地で15年にわたって犯したさまざまな戦争犯罪も米国の戦争犯罪も全く眼中になく、「科学技術」という狭い技術的要因にのみ敗戦の理由を求め、「原子力平和利用」を含む科学技術振興に向けての下地を作ることに熱意を燃やしました。

 1955年、広島・長崎の被爆者5名が日本政府に対して被害補償を求めて提訴した「原爆裁判」(いわゆる「下田裁判」)による被告=日本政府の答弁において、日本政府は次のように主張しました。

原子爆弾の使用は日本の降伏を早め、戦争を継続することによって生ずる交戦国双方の人命殺傷を防止する結果をもたらした。かような事情を客観的にみれば、広島長崎両市に対する原子爆弾投下が国際法違反であるかどうかは、何人も結論を下し難い。のみならず、その後も核兵器使用禁止の国際協約はまだ成立するに至っていないから、戦時害敵手段としての原子爆弾使用の是非については、にわかに断定することはできないと考える。…… 国際法上交戦国は中世以来、時代に即した国際慣習及び条約によって一定の制約をうけつつも、戦争という特殊目的達成のため、害敵手段選択の自由を原則として認められてきた。

 かくして日本政府は、「下田裁判」では、その10年前の原爆投下に対する抗議文で展開した判断を180度転換して、基本的にはアメリカ側の原爆投下正当化論を受け入れる主張を行いました。それどころか、戦争に勝利するためには、いかなる方法を使うことも、ほとんどの場合、許されるという主張で、米国の原爆による無差別殺傷を全面的に肯定したのです。ちなみに、下田裁判の判決では、広島・長崎の原爆投下が当時の国際法に明確に違反する犯罪行為であることがはっきりと認められました。なお、私たち広島市民は2006年から2007年にかけて「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」を開廷し、原爆投下の犯罪性を審理しました。その裁判結果も原爆投下が当時の国際法に明らかに違反する戦争犯罪であったと明確に判断しています。ご参考までに、その判決文を同封させていただきます。(なお、裁判の詳細は http://www.k3.dion.ne.jp/~a-bomb/indexen.htm をご参照下さい。)

 長年にわたって日本政府が原爆被爆者救済政策に極めて後ろ向きであった理由の一つは、アメリカの戦後の核兵器による世界支配をそのまま受け入れ、アメリカの核抑止力に依存するという、日本の政策そのものにありました。しかも、放射能被害に関する医学的調査については、内部被曝を全く無視したアメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)が作り出した被曝許容量をそのまま受け入れ、放射能汚染の深刻さをはなはだしく軽視してきました。それが福島原発事故による放射能被曝と汚染の深刻さの軽視、ひいては原発事故に関して政府、政治家が負うべき国民に対する「政治責任」という認識の驚くべき欠落も産み出してきたのです。

 今また、安倍晋三首相や橋下徹大阪市長といった政治家たちが、日本の「侵略戦争」、「『慰安婦』問題」その他の戦争責任問題で、そのような歴史的事実があったことすら否定し、「朝鮮人被爆者」に対する差別的対応をとることで自国の戦争責任を否定しようとやっきになっています。さらに安倍首相は、昨年1226日には、東条英機など東京裁判でA級戦争犯罪人として判決を受け処刑された軍人を神として崇める靖国神社に参拝するという、憲法違反行為をあからさまに行いました。こうした日本の政治家たちの言動が中国や韓国の国民ならびに政治家の強い怒りを呼び起こす原因となっていることについては、あらためて言及する必要もないかと思います。このような無責任国家がなぜ産まれたのでしょうか。

 この原因は、前述した「原爆殺戮の被害」を「自己の戦争犯罪」の隠蔽のために利用したという「終戦の詔勅」に起源すると私たちは考えます。「原爆殺戮の被害」を政治的に利用しているため、その根本問題である「人道に対する罪」の責任追及をせず、あいまいな形のままにしておく。一方、隠蔽し続ける「自己の戦争犯罪」に対する責任は、当然問わない。したがって、加害と被害の両方の責任問題についてうやむやなままにし続けるのです。

 つまり、自分たちが他者=アジア人に対して犯したさまざまな残虐行為の犯罪性とそれに対する自己責任を明確にかつ徹底的に認識しないからこそ、他者=アメリカが自分たちに対して犯した同種の犯罪がもつ重要性も認識できない。他者=アメリカが自分たちに対して犯した残虐行為の犯罪性とその責任を徹底的に追及しないからこそ、自分たちが犯した犯罪の被害者=さまざまなアジア人の痛みとそれに対する責任の重大性にも想いが及ばない、という悪循環を多くの日本人が繰り返しています。その一方で、政府は、基本的には政府が責任を負うべきさまざまな政治社会問題で、国民の「自己責任」ということをますます強調することで「責任逃れ」を行っています。

 長くなりましたが、結論に入らせていただきます。ケネディ駐日大使は長崎訪問の折に、「オバマ大統領も核軍縮の目的に尽力しています」と述べられたとメディアが伝えております。核兵器を廃絶するためには、はじめに、人類史最初の核兵器使用であった広島・長崎への原爆投下が「人道に対する罪」であったことを明確に認識することが必要不可欠であると私たちは強く信じます。これまで70年ちかく核兵器が廃絶されるどころか拡散してきた重大な理由の一つは、原爆投下の「犯罪性」が明確にされるどころかうやむやにされてきたこと、特にその犯罪を犯したアメリカがその責任をうやむやにしてきたことにあると私たちは考えます。

ノーベル平和賞の受賞者である大統領が広島・長崎を訪問され、勇気を持って自国の「犯罪行為」を認められ、被害者に謝罪されることは、核廃絶の道を確固たるものにするための重要でかつ必要な一歩であると私たちは考えます。アメリカ大統領が、広島・長崎への原爆投下の「犯罪性」を明確に認め、被害者に正式に謝罪するということがいかに政治的に困難なことであるかは、私たちも重々承知しております。しかしそれだからこそ、「チェンジ(変革)」を唱えてなられた大統領が、在職中に勇気をもってこれを行われることは、核兵器をめぐる現在の世界状況を根本的に変えるための、歴史的に画期的な一歩となると私たちは確信いたします。

 それだけではなく、すでに詳しく説明しましたように、そのことによって、日本政府もまた、私たちがアジア太平洋戦争期に犯したアジア諸国の人々への様々な残虐行為を明確に「犯罪」と認め謝罪することを迫られるのです。ご承知のように、「慰安婦」問題や「強制連行」問題では日本はいまだに責任拒否を続けており、韓国や中国との関係で摩擦を起こし続け、東北アジアに不安定をもたらす大きな要因の一つとなっています。アメリカ政府による原爆投下責任の自認と謝罪が、日本政府にアジアに対する戦争責任をはっきりと取ることを迫り、ひいてはアジア全域の平和構築にも大きく寄与することになると私たちは信じます。

 なお、「責任」は、単に言葉や文章で被害者に「謝罪」したり「賠償金」を支払ったりすることだけで果たせるものではないと私たちは考えます。「責任」をとるとは、再び自分が同じような加害行為を繰り返さないようにすると同時に、他者も同じような犯罪行為をおかさないよう、その防止に永続的に努力することで、はじめて果たせるものだと思います。したがって、「責任をとる」とは一時的な行為ではなく、永続的な自己努力の行為です。そうした行為を通して、はじめて加害者は被害者から人間としての信頼を得ることができるようになり、ひいては人間的尊厳を獲得することができると私たちは確信します。日本の平和憲法は、私たち国民がアジア太平洋戦争期に犯した大きな過ちに対して永続的な責任をとっていく決意と覚悟を明確に表明したものであり、これを改悪することはその責任の放棄です。したがって、現在、安倍政権が着々とすすめている憲法改悪の計画は、戦争責任を放棄する意思を表明するものと私たちは考えています。

 最後までこの手紙にお目通しをいただきありがとうございました。オバマ大統領ならびにケネディ駐日大使御両名のますますのご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。

 今年一年が、大統領御家族にとり祝福の多い年となりますようお祈り申し上げます。

2014128

下記諸団体代表者一同(順不同)
*「第九条の会ヒロシマ」      
734-0015 広島市南区宇品御幸1-9-26-413   

730-0036広島市中区袋町6-36 広島市まちづくり市民交流プラザ気付mb132

737-0028 呉市幸町3-1 呉YWCA気付

*「東北アジア情報センター」 
731-5128 広島市佐伯区五日市中央4-14-1-205 横原由紀夫方

736-0081 広島市安芸区船越2-35-4豊永恵三郎方

733-0022広島市西区天満町13-1-810

738-0027 広島県廿日市市平良山手7-16

広島YWCA                        
732-0053広島市東区若草町6-7 広島主城教会気付

 (注記:実際にオバマ大統領宛に送られる手紙は英語によるものであり、これはその日本語版です。)


代表者
連絡先:田中利幸(Email:tanaka-t@peace.hiroshima-cu.ac.jp

Tuesday, February 25, 2014

データ・マイニングの深い闇 How Your Data Are Being Deeply Mined

 エドワード・スノーデンが暴露した国家安全保障局(NSA)による個人情報監視の一方で、民間企業によるビッグ・データの利用が、私たちの目に見えないところで着々と進んでいる。

 データ・マイニングとは、データ解析の技法を大量のデータに網羅的に適用することによって、自明でない情報を抽出すること。データの山から意味のある情報を「採掘する」という意味である。このように膨大なデータを処理する技術の進歩によって、私たちが今まで考えても見なかった方法で、私たちのプライバシーが盗み取られ、利用されるようになってきた。インターネットや携帯電話のオンライン世界だけでなく、車に乗ったりショッピング・モールで買い物をしたりするだけで、私たちの行動はデータ・マイニング会社の記録に取り込まれていく。もはや現実的にこの包囲網から身を引いて生活することは不可能になっている。その結果、データ差別と政府による監視という2つの問題が起きることが指摘されている。

 個人情報保護法で「目に見える」個人情報のやりとりが規制されたおかげで、私達の生活はいくぶん窮屈になった一方で、企業による目に見えない個人情報の収集と転売は、収まるどころか激しさと巧妙さを増している。さらに、これを政府が利用しているのであれば、特定秘密保護法はむしろ、テロ対策を口実に、このこと全てを闇に包んでしまうのではないか。

 ソーシャルメディアが人々を連帯させアラブの春を起こしたと賞賛された。しかし選挙運動にソーシャルメディアが利用されると、2012年のオバマ陣営のように、それは精密に計算されたピンポイント攻撃の人心操作へと変貌する。個人情報とデータ・マイニング技術を金で買える者たちが、民主主義さえ歪める力を持つのだ。

ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス、2014年1月9日号の論説を翻訳して紹介する。

(前文・翻訳:酒井泰幸、文中の[ ]内は訳者注)

原文は、
http://www.nybooks.com/articles/archives/2014/jan/09/how-your-data-are-being-deeply-mined/

データ・マイニングの深い闇

2014年1月9日

アリス・E・マーウィック

 アメリカ国家安全保障局(NSA)が世界中の何百万人もの個人情報とデジタル活動記録を収集しているという、最近明らかにされた事実は、計り知れない注目と公衆の関心を集めた。しかし、これに劣らないほど不安で不透明なシステムが、広告やマーケティング[市場調査と商品開発]、データ・マイニング[データ解析の技法を大量のデータに網羅的に適用することによる、自明でない情報の抽出]を行う企業によって運営されていることは、ほとんど知られていない。スーパーのポイントカードからフェイスブックの個人向け広告におよぶ様々な技術を使って、あなたが誰で、何をし、何を買うかといった、非常に個人的な情報を、民間企業は計画的に集めている。あなたのオンラインとオフラインの行動[パソコンや携帯電話を使ったネットワーク上での行動と、ネットから離れた現実世界での行動]についてのデータは、再構成され、分析されて、マーケッター[商品開発・市場開発をする業者]や、企業、政府、そして時には犯罪者に売られていく。この情報収集、蓄積、転売活動の広がりは、NSAが行っていることに引けを取らないのだが、全くといってよいほど規制されておらず、データ・マイニングやデジタル・マーケティングの会社が行う多くの活動は、公には全く知られていない。

 ここで、私は2つのことについて議論する。第一は、非自発的つまり受動的な、民間企業によるデータの収集、そして第二は、自発的で能動的な、個人による自分自身の個人データの収集と再構成だ。私たちが憂慮すべきなのは前者の方だとは思うが、後者が提起するのは、果たして私たちは企業のもっと大きな思惑に利用されることなくソーシャル・メディアを活用することが可能なのだろうかという疑問である。

データベース・マーケティング

 個人データを収集し、再構成し、転売する産業は、「データベース・マーケティング」と呼ばれる。この分野で業界第2位の会社であるAcxiom(アクシオム)は、年間で50兆件を超えるデータを処理する2万3千台のコンピュータ・サーバーを持っていると、ニューヨーク・タイムズは書いている(1)。アクシオム社によれば、11億件のブラウザー・クッキー(ウェブサイトから送り込まれ、ユーザーの活動を追跡するために使われる小さなデータ)をはじめ、2億件の携帯電話加入者情報、消費者一人あたり平均1,500件のデータなど、何億人ものアメリカ人に関する記録を持っているというのだ。これらのデータの中には、不動産評価額や自動車保有のように、公に入手可能な記録から拾い集めた情報や、クッキーやブラウザー広告などを通して追跡したオンラインの行動についての情報、顧客調査から得られたデータ、「オフライン」のショッピング行動などが含まれている。アクシオム社の最高経営責任者スコット・ハウは、「当社のデジタル包囲網は間もなくアメリカのインターネット・ユーザーのほぼ全てをカバーするだろう」(2)と語った。

 どんなウェブサイトを訪問しても、小さなテキストファイルであるデジタル・クッキーがあなたのコンピュータに残される。「ファースト・パーティー[本人]」クッキーはウェブサイトそのものによって植え込まれる。たとえばGmail(ジーメイル)が、サイトを訪れるたび毎回ログインしなくても良いようにパスワードを保存するのがこれにあたる。「サード・パーティー[第三者]クッキー」は複数のサイトにまたがって働き、どのサイトを、どんな順番で訪問したかを追跡する。ログインした人に対して、[ウェブ・ブラウザの]Google Chrome(グーグル・クローム)とFirefox(ファイアーフォックス)は、これらの閲覧履歴を異なるデバイス間で同期し、あなたがiPadで行ったことを、あなたがiPhoneやラップトップでしたことと組み合わせる。これが、広告を送付するのに使われる。

 たとえば、何日か前の晩に私はiPhoneで冬用のブーツを探してLLBean.com(エルエルビーン・ドット・コム)を見ていた。何日か後に、私がiPadで読んでいたニュース・ブログにエルエルビーン・ドット・コムの広告が現れた。この「行動ターゲティング広告」は、もっと新しい「予測ターゲティング広告」によって流行遅れになりつつある。エルエルビーン・ドット・コムの広告を見たことで私がなにかを買いそうかどうかを予測するために、エルエルビーン社は高度なデータ・マイニング技法を用いるのだ。

 アクシオム社が提供する「独自の高品質な行動の洞察」は、「何千件にも達し、ブランドや販売店系列への親近感から製品の使用目的や購入時期にいたるまで、消費者の関心をカバーしています。」言い換えるなら、アクシオム社は、所有しているという一人1,500件のデータに基づいて、何百万もの人々についてのプロファイル、つまりデジタル履歴書を作り出しているのだ。これらのデータには、子どもの人数、乗っている車のタイプ、保有する株式、最近のショッピング履歴、人種、年齢、教育水準などが含まれるだろう。これら異なる情報源からのデータは合成される。たとえば、雑誌購読者リストと住宅所有の公開記録を組み合わせて、「ド派手な一戸建てにミニバン」とか「裕福な両親と同居の大人」といった既存カテゴリーのいくつかに、あなたが該当するかどうかを判定する(3)。こうしてアクシオム社は消費者プロファイルを顧客に販売することができる。その顧客には、クレジットカード会社の上位15社中の12社、リテール・バンク[小口金融機関]の上位10社中7社、通信・メディア会社の上位10社中8社、不動産・損害保険業者の上位10社中9社が含まれる。

 アクシオム社はデータ取引業者大手の中の一つではあるが、個人情報をオンラインで扱う方法に劇的な変化が起きていることを示している。コンピュータ技術を使って非常に大きなデータの山から社会的洞察を見出す「ビッグ・データ」に向けた動きは、医療から選挙運動にいたるまで、さまざまな業界を急速に変容させようとしている。ビッグ・データには良く知られた社会的な用途がたくさんある。たとえば、警察や、生産性を上げたい経営者がこれを使うだろう。しかし、そこから生じたプライバシーに対する新しい課題は、いまだかつて経験したことのないような程度と規模になる。ビッグ・データは数多くの「リトル・データ」からできているが、これらのリトル・データは極めて個人的なものであるかも知れないのだ。

 あなたが量販店チェーンTarget(ターゲット)からカカオバター・ローションを1本買ったという事実は、それだけなら取るに足らないことである。その一方で、ターゲットは顧客の一人一人に個別のゲストID番号を割り当て、それはクレジットカード番号や、メールアドレス、氏名に関連づけられる。あなたがターゲットで買い物や取引をするたびに、あなたのゲストIDと関連づけられる。あなたが買ったカカオバターも例外ではない。

 現在までターゲットは、間もなく子供を持つ人たちに対してどのように営業活動をするかを探るため、膨大な時間を費やしてきた。多くの人々は、トイレットペーパーはここで、靴下はあそこで買うというように、買い物の習慣はかなり一貫している。しかし子供の誕生は、大変動を伴う人生の変化点である。出生記録は公表されているので、新しく親になった人たちにはマーケティングや広告が浴びせかけられる。したがって、ターゲットの目標は、赤ちゃんが生まれる前に親を見つけ出すことだった。ターゲットの主任統計学者であるアンドリュー・ポールは、「妊娠4〜6ヶ月で(新しい親たちを)特定できれば、その後何年にもわたり顧客として捕捉することができる可能性が高いことが分かっていました」(4)と語った。それまでにポールは、妊娠した女性と新しい親たちの購買習慣について膨大な量のデータをマイニングしてきた。女性たちは妊娠中に、カカオバターやカルシウム錠、おむつ袋用に拡げることができる大きなハンドバッグといった、特定の品物を買っていることを見出した。

 次にターゲットは、妊娠中の女性にダイレクトメールの発送を始めた。ところがこれは思わぬ結果に終わった。女性たちはむしろ不気味に感じたのだ。自分たちが妊娠していることをターゲットはどうやって知ったのか。有名な例がある。10代の女の子の父親が、ターゲットに苦情の電話をかけた。チャイルドシートや紙おむつのクーポン券を送りつけて、ターゲットは10代の妊娠を奨励しているのかと。しかし1週間後に、彼はお詫びの電話をした。娘は父親にまだ妊娠のことを伝えていなかったのだ(5) 。

 そこでターゲットの経営者たちは戦術を変えた。おしゃぶりや赤ちゃん用ウェットティッシュのクーポンに、ワインや芝刈り機のクーポンを混ぜたのだ。妊娠した女性はターゲットが妊娠のことを知っているとは気付かずにそのクーポンを使うだろう。ポールがニューヨーク・タイムズ・マガジンに語ったように、「法律に触れない範囲でやっていても、人々を不安にさせるぐらいのことはできる。」

 これと同じ技術がオバマの2012年の選挙運動に使われて大きな効果を上げた。良く知られているように、オバマ陣営は分析学と行動科学での若く精鋭の専門家たちを雇い入れ、彼らを1日16時間も「洞窟」という名の部屋に詰め込んだ(6) 。オバマ陣営の主任データ科学者は、以前スーパーマーケットの売り上げアップのためビッグ・データのマイニングをやっていたアナリストだった。この「ドリーム・チーム」は細分化された人口統計をオバマに提供することができたので、寄付金呼びかけのEメールを受け取った人がいくらのお金を出すかを正確に予測することができた。東海岸の30〜40歳の女性は期待したほどに寄付していないことをこのチームが発見すると、寄付の報奨としてサラ・ジェシカ・パーカー[映画・テレビ・舞台女優兼プロデューサー]とのディナーパーティーへの抽選権を付けた(7)。オバマ陣営は選挙運動の状況をモデル化するために、毎晩6万6千通りのシミュレーションを実行した。オバマのアナリストたちは最先端のデータベース・マーケティング技術を使っていただけではなく、最先端をもはるかに超える技術を開発しつつあったのだ。

 オバマ陣営の戦術は、データ・マイニングとマーケティングに関する議論でしばしば見落とされがちな、あることを浮き彫りにしている。それは、政府と政治家がマーケティング業者とデータ取引業者への主要な依頼者であるという事実である。たとえば、オバマ陣営はオハイオ州民のテレビ視聴習慣についてのデータをFourthWallMedia(フォースウォールメディア)という会社から購入した。各家庭は番号を振られていたが、家族構成員の名前は明かされていなかった。しかしオバマ陣営は、有権者名簿をケーブルテレビの契約者名簿と組み合わせ、本来はテレビのセットトップ・ボックスの使用パターンを追跡するのに使われる、匿名であるはずのID番号と関連づけることが出来た(8) 。こうして、特定の有権者層がテレビを見ている時間を狙って、オバマの選挙広告を流すことが出来た。その結果、オバマ陣営は、従来の常識で推奨されるような各地のニュースの時間ではなく、サン・オブ・アナーキー[カリフォルニアを舞台にしたバイク・クラブのメンバーたちのドラマシリーズ]や、ウォーキング・デッド[世界崩壊後を舞台にしたホラードラマ]、23号室の小悪魔[シチュエーション・コメディシリーズ]のような、通常では考えられないような番組の放送時間を購入した。

 「洞窟の住人たち」は、数多くのオンラインでのサインアップやコメント機能に使われる「フェイスブック・コネクト」というフェイスブックのサイン・オン技術を使って、有権者名簿とフェイスブック情報を照合することさえも可能だった。このユーザーの中にはオバマ支持者がいると分かっているから、あまり乗り気ではない友人たちを説得して投票させる方法を、オバマ陣営は考え出すことができた。オバマ陣営はフェイスブックの友達リストを調べ、タグ付けされた写真と比較して、「友達」を説得可能な有権者のリストと関連づけ、オバマ支持者を動員して「実生活」での彼らの友達をオバマに投票するよう説得させた。

ソーシャル・メディア

 これらの高度なデータ・マイニングと分析技術の存在を知ってしまうと、アクシオムや、Experian(エクスペリアン)、Epsilon(イプシロン)といった会社が蓄えている私たちの個人プロファイルに飲み込まれることなく、ソーシャル・メディア、あるいはインターネットそのものを使えるような方法が、はたして私たちには残されているのだろうかと疑わざるを得ない。

 ソーシャル・メディアを使えば、私たち自身についてのデータを収集し追跡することができる。たとえば、iTunes(アイチューンズ)やSpotify(スポティファイ)を使って聴いた全てのデジタル音楽の履歴を追跡するために、私は2005年からLast.fm(ラスト・エフエム)というウェブサイトを利用している。その結果、私の音楽の好みがどのように移り変わってきたかが驚くほどよく分かり、ラスト・エフエムは、この広範なリスニング履歴に基づいて、世に知られていないバンドを私に勧めることもできる。

 ソーシャル・メディアを使えば、友達とつながることができ、自分自身についてより良く知ることができ、自分の生活を良くすることさえもできる。Quantified Self(クオンティファイド・セルフ)[自己の数値化]運動は、カロリー計算のように女性たちが何十年も前から使っている技術を発展させたもので、個人データを使って自己認識を促進するものだ。たとえば、長期にわたって睡眠サイクルを計測すれば、午後4時を過ぎたらカフェインを控えることを学んだり、睡眠に入るためには就寝の1時間前にはインターネットの使用を止めなければならないことに気付いたりできる。

 しかし、これらのデータはデータ取引業者にとって宝の山なのだ。MyFitnessPal(マイフィットネスパル)が記録するあなたのカロリー摂取量、Fitbit(フィットビット)が追跡する毎日の歩数、Foursquare(フォースクエア)を使っているフィットネスクラブに行く回数、Instagram(インスタグラム)に投稿した料理の写真から判るあなたの食生活を、もし健康保険業者が見たらどのような反応を示すか、想像してほしい。情報の断片は、それ自身では取るに足らないものかもしれないが、この情報を再構成すると個人の全体像が見えてくる。データ収集業者はこのような情報を集中的にアクセスし、自分のデータベースに追加していくことができる。このデータ収集活動の結果として起きる2つの大きな影響に注目する必要がある。

 その第一はデータ差別だ。いったん顧客集団が細分化された人口統計カテゴリーへと区分けされると、重要度の順に並べ替えることができる。2013年にアクシオム社が消費者マーケティング協会で行なった発表では、全ての顧客を「顧客価値区分」に当てはめ、上位30パーセントの顧客は500パーセントの価値を付加するが、下位20パーセントは実に400パーセントの費用を発生していると指摘した。言い換えれば、上位顧客にふんだんな配慮を振りまく一方で、顧客対応窓口への電話にかかる時間が「長すぎ」、企業にとって返品やクーポン券のコストが余計にかかり、売り上げ以上にコストがかかる下位20パーセントの顧客を無視するのが企業の義務であると、アクシオム社は言っているのだ。

 これら「低価値ターゲット」は業界用語で「ゴミ」と呼ばれている。コミュニケーション学が専門のペンシルバニア大学教授、ジョセフ・トゥローは、ニッチ市場のマーケティングを研究している。彼は、全く知らないうちに何の通知もなく「ゴミ」のカテゴリーに入ってしまった人々に何が起こるだろうかと問いかける。価格差別を受けるだろうか?劣悪なサービスだろうか?他の人に提供されるオファーが自分には来ないのだろうか?このような差別は全く目に見えないのでさらに狡猾である。

 第二に私たちは、個人情報を収集するマーケッターやデータ取引業者よりも、政府による監視に注意していれば良いと考えるかもしれないが、ここで見落とされているのは、政府がこれらの会社から定期的にデータを購入しているという事実だ。現在はElsevier(エルゼビア)[学術誌を多く持つ出版社]に所有されているChoicePoint(チョイスポイント)は、巨大なデータ再構成業者だった。つまり、社会保障番号、信用状況報告書、犯罪歴を含む、公的・私的なデータベースから引き出された個人データを組み合わせていた。この会社は企業と個人に関する170億件の記録を保持し、35の政府機関や7千の連邦、州、地方警察組織をはじめとする約10万の依頼者に売っていた(9) 。

 たとえば、国務省は何百万ものラテンアメリカ系市民に関する記録を購入し、それを入国管理データベースと照合した。チョイスポイントは14万5千人の個人データを個人情報詐欺組織に売却した疑いでも捜査を受けた。さらに最近になって、個人信用調査機関の大手3社のひとつであるExperian(エクスペリアン)は、誤って個人データをベトナム人ハッカーに売ってしまった。詐欺師たちは、社会保障番号や母親の旧姓が入ったこれらのデータを「fullz」(フルズ)[マル完]と呼ぶ。これさえあればクレジットカードやローンを申し込めるからである。

 2〜3年前に、私は大手広告代理店の研究所を見学した。そこで見たのは最先端の消費者監視技術だった。そう遠くない将来、あなたが[ドラッグストアの]Duane Reade(デュアン・リード)の店内で、シャンプーが並ぶ大きな商品棚をぼんやり見つめながら、どれを買おうか考えているとき、商品棚はあなたの目の動きを追跡し、どのボトルを手に取るかなどを詳細に観察する。デュアン・リードはこのデータを使ってコンピュータで導き出した特定ブランドのシャンプーのクーポン券を発行し、あなたは商品棚のプリンタからこれを受け取る。携帯電話をバッグやポケットに入れても無線追跡装置からは丸見えだ。携帯電話のMACアドレスと呼ばれる固有のID番号に基づいて、ショッピングモール内での個々人の動きを追跡する実験的なアプリケーションを、私は見た。またしても、これら全ての例で、個々人は追跡されていることを自覚していない。このような手法の説明は複雑に入り組んだプライバシー・ポリシーの隅っこに隠されているかもしれないが、人々は携帯電話などを買ったときにはそのことに気付かないだろう。あるいは、監視カメラの横に掲示してある告知文に書かれているかもしれない。このようなことは専門的には違法と言えないかもしれないが、倫理的には疑問が残る。

 これらの問題に対する安易な回答は、ポイントカードや、インターネットの使用、ソーシャル・メディアから身を引くことだが、これはほとんど現実的ではない。じっさい、極端な回避策を取らないかぎり、オンラインでもオフラインでも、追跡されずに生活することは実質的に不可能である。都市の交通管理が自動車の動きを追跡する。無線IDタグが衣類やドライクリーニングに付けられている。監視カメラがほとんどの店頭に設置されている(10)。消費者保護法令は多くのばあい時代遅れになっていて、現代のネットワーク社会に適用することが困難なのに対し、このような追跡技術はずっと急速に発達しつつある。

 現在、連邦取引委員会と上院通商委員会はデータ取引業者を調査しており、個人情報の収集と拡散についてさらなる透明性を求めている。私たちがプライバシーについて憂慮しているのなら、これらの民間企業に抑制と均衡が働くよう要求し続けなければならない。人々には、多くのプラットフォーム[パソコンや携帯電話の基本ソフト]用に提供されている、様々な回避ツールや、広告ブロッカー、プラグインについて良く調べて知るように喚起すべきである。国家安全保障局(NSA)に対する詳細な調査も必要だが、一見無害なダイレクトメールや広告が、狡猾で危険な個人プライバシーの侵害に利用されることのないように、民間企業に同様の圧力を掛けていかなければならない。


(1) ナターシャ・シンガー、「アクシオム社、消費者データベース・マーケティングの静かな巨人」、ニューヨーク・タイムズ、2012年6月16日
Natasha Singer, “Acxiom, the Quiet Giant of Consumer Database Marketing,” The New York Times, June 16, 2012.

(2) ジュディス・アキノ、「アクシオム社、収益が不安定な中で新たな『オーディエンス・オペレーティング・システム』を準備」、AdExchanger.com、2013年8月1日
Judith Aquino, “ Acxiom Prepares New ‘Audience Operating System’ Amid Wobbly Earnings,” AdExchanger.com, August 1, 2013. 

(3) ナターシャ・シンガー、「データ取引業者、秘密裏に覗き見を許す」、ニューヨーク・タイムズ、2013年8月31日
Natasha Singer, “A Data Broker Offers a Peek Behind the Curtain,” The New York Times, August 31, 2013. 

(4) チャールズ・デュヒッグ、「企業はどのようにあなたの秘密を知るか」、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、2012年2月16日
Charles Duhigg, “How Companies Learn Your Secrets,” The New York Times Magazine, February 16, 2012. 

(5) カシミア・ヒル、「ターゲットはどうして父親よりも先に少女の妊娠を知ることができたのか」、フォーブズ、2012年2月16日
Kashmir Hill, “ How Target Figured Out a Teen Girl Was Pregnant Before Her Father Did,” Forbes, February 16, 2012.

(6) ジム・ルーテンバーグ、「信ずるに足るデータ:オバマ陣営のデジタル技術指導者、成果を上げる」、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、2013年6月20日
Jim Rutenberg, “ Data You Can Believe In: The Obama Campaign’s Digital Masterminds Cash In,” The New York Times Magazine, June 20, 2013.

(7) マイケル・シェラー、「オバマの勝利を助けたデータ処理技術者たちの、秘密世界の内幕」、タイム、2012年11月7日
Michael Scherer, “ Inside the Secret World of the Data Crunchers Who Helped Obama Win,” Time, November 7, 2012. 

(8) ロイス・ベケット、「オバマのビッグ・データ戦術について(今のところ)我々が知っている全てのこと」、ProPublica(プロパブリカ)、2012年11月29日
Lois Beckett, “ Everything We Know (So Far) About Obama’s Big Data Tactics,” ProPublica, November 29, 2012. 

(9) 「ChoicePoint(チョイスポイント)」の項、電子プライバシー情報センター
 ChoicePoint,” at the Electronic Privacy Information Center. 

(10) サラ・ケスラー、「オフラインなら追跡されずに済むと思ったら大間違い。こうすれば防げる」Fast Company(ファスト・カンパニー)、2013年10月15日
Sarah Kessler, “ Think You Can Live Offline Without Being Tracked? Here’s What It Takes,” Fast Company, October 15, 2013. 


アリス・E・マーウィックはフォーダム大学の准教授で、フォーダム大学ロースクール法律情報政策センターのアカデミック・アフィリエイト。彼女の著書“Status Update: Celebrity, Publicity, and Branding in the Social Media Age”(ソーシャル・メディア時代の名声、広報、ブランド戦略:現況報告)は2014年1月に刊行された。


Saturday, February 22, 2014

ニューヨークタイムズ社説、憲法を個人の意のまま変えようとする安倍首相を最高裁で裁けと警鐘!Japanese translation of NYT Editorial: War, Peace and the Law

A Japanese translation of New York Times editorial on February 19 "War, Peace and Law."

安倍総理の憲法軽視を批判するニューヨークタイムズ社説の和訳を紹介します。占領軍による「押し付け憲法」をずっと批判してきた安倍氏は、自分が国民に押し付ける憲法ならいいとでも言いたいのでしょうか。この社説は、時の権力者による権力の濫用や人権の侵害から市民を守るために憲法がある、という立憲主義を否定し、憲法を好きなように変えようとする安倍首相の独裁への動きに警鐘を鳴らし、最高裁こそが憲法の真の番人として今こそ役割を果たすべきだと訴えています。@PeacePhilosophy 

(翻訳:酒井泰幸)

原文は
http://www.nytimes.com/2014/02/20/opinion/war-peace-and-the-law.html

戦争と平和と法

2014年2月19日 論説委員会

 日本の安倍晋三首相は、正式な修正によらず、彼自身の再解釈をもって、日本国憲法の基本理念を改変するという暴挙に出ようとしている。

 日本国憲法では日本の軍隊(自衛隊)の活動は日本の領土内での防衛に限り許されているというのが一般的理解だが、これに反して安倍氏は、同盟国と協力し日本の領土外で攻撃的な活動を可能とする法律を成立させたがっている。これまで何年にもわたって削減されてきた自衛隊を増強するため、彼は精力的に動いてきた。そして他の国家主義者たちと同様に、彼は日本国憲法の条文にうたわれた平和主義を否定する。

 憲法には「日本国民は…、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と記されている。日本がより広範な役割を果たす前に、憲法の修正がまず必要とされることを、歴代の政権は合意してきた。総理府の内閣法制局は、権力の乱用を防ぐため新しい法律の合憲性を監視する機関だが、これまでこの解釈に同意してきた。

 法制局に立場を反転させるよう圧力をかけるため、安倍氏は8月に通常の手続きを踏まず、法制局長官に部外者の小松一郎を指名した。小松は集団的自衛という考えに同調する外務省官僚であった。安倍氏の選んだ専門家の一団[訳者注:「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」のこと]はこの問題に対する報告書を4月に発表し、安倍氏を後押しするであろうと見られている。安倍氏は先の国会で、国民は次の選挙で彼に審判を下すこともできると暗に示したが、それは立憲主義の誤った見方である。安倍氏は当然、日本国憲法を修正する動きに出ることもできるはずである。そのための手続きが面倒すぎるとか、国民に受け入れられないといったことは、法の支配を無視する理由にはならない。

 最高裁は日本国憲法の平和主義的な条項について見解を示すことを長らく避けてきた。安倍氏がもし自らの見解を日本の国に押し付けることに固執するのなら、最高裁は安倍氏の解釈を否定して、どんな指導者でも個人の意思で憲法を書き替えることはできないことを明らかにすべきである。

(この社説はインターナショナル・ニューヨーク・タイムズ2014年2月20日版に掲載。)


Friday, February 14, 2014

「シンガポール占領(陥落)」の記念日に 

シンガポールを日本軍が占領した72周年の2月15日にちなみ、「村山談話を継承し発展させる会」によるアピールを紹介します。

シンガポールにある「血債の塔」
(日本占領時期死難人民記念碑)



201424

215日・日本軍がシンガポールを占領したアジア太平洋戦争の節目の日に向け正確な歴史認識の定着と虐殺犠牲者追悼碑への安倍首相の献花を求めるアピール

「村山談話を継承し発展させる会」

1942215日のシンガポール占領(陥落)という日本中が祝賀に酔いしれたできごとが、実は日本の敗北への出発点でもあった。また占領後に多数の住民虐殺が強行された事実を直視し、これらに関する認識の深化と定着と共に安倍首相の追悼碑への献花を求め、以下の通りのアピールを表明する。
 
1.1941128日、日本陸軍は真珠湾攻撃開始よりも早くマレー半島東岸コタバルで先遣隊が英国軍と戦闘を開始していた。陸軍の最大の目標は、シンガポールの英国海軍基地の占領だった。中国戦線が激しい抵抗によって泥沼の長期戦化し、米国が石油や製鉄原料などの禁輸に踏み切ったため、日本軍は一か八かで欧米列強の植民地である東南アジアの資源地帯の強奪をめざし、英米との開戦を決断していた。その日本軍の前に立ちふさがっていたのが西太平洋の覇権を握る米国海軍と英国海軍だった。開戦直後、両国海軍の拠点を制圧することが必須とした日本軍は、ハワイ真珠湾攻撃を海軍、シンガポール攻略を陸軍の分担とした。日本陸軍は、シンガポールの南側海上からの攻略を想定した英国軍に万端の備えがあるのを知り、北のマレー半島側からの攻略作戦を立案、128日にタイ領マレー半島へ本隊を侵攻上陸させたのだった。
  上陸地点からシンガポールまで約1200km(東京・博多間)で、英国軍との本格的な戦闘が不可避と想定した日本陸軍は、占領目標日を「天長節(天皇誕生日)」の429
 としていた。

2.その目標日よりも早く、日本軍は215日にシンガポールの英国軍を降伏させ、占領(陥落)を達成した。あまりにも予想外の大戦果に日本中は沸き立ち、祝賀ムードに
 浸りきった。学校では子どもたちに祝いのゴムまりが配られたなどと、体験談にある。さらに祝賀の式典や提灯行列なども各地で開催され、日本は無謀な戦争をはじめたのではないかと、内心で疑問を感じていた人たちの不安も薄れたりした。

3.そうした不安は、それまでの軍部にもあった。そこで、開戦時に定められていた基本的方針では、開戦が避けられないとしても、英米海軍の妨害を阻止できる状態に持ち込めたら、それ以上は戦線を拡大することなく資源地帯の占領を維持する、とされていた。以後は軍需資源の確保に当たり、英米とは外交交渉などで休戦に持ち込むことで中国戦線での長期戦を可能とする、というのが基本の方針だった。

4。しかし、難敵と思われた英国軍を予想外の快進撃で敗北させた日本陸軍は、さらに占領地を拡大する方針に、簡単に転換してしまった。そこでは、陸軍の武勇ばかりが強調され、英国軍の予想外の弱体の理由の分析が疎かにされたままだった。
  マレー戦線の英国軍は、本国軍が少なく、大半は植民地軍だった。主力のインドからの部隊では、最前線のインド兵が近代的な戦法を無視した突撃で迫る日本軍に恐れをなして、勝手に後退、逃亡を繰り返した。このため、連携して配置されたオーストラリアの部隊なども後退を余儀なくされ、総崩れとなったのだった。
  オーストラリアや米国で十分に訓練された兵士が送り込まれて来れば、様相が一変することを、当時の日本陸軍は見通していなかった。陸軍に蔓延していたのは、現実離れの自信過剰、自惚れだった。

5.現実無視の自惚れに浸っていた日本陸軍が打ち出した方針転換、それは戦線拡大、占領地を連合軍の態勢が整わない間に最大限に拡大しておく、というものだった。合理性よりも勇敢さや手柄を競い合うことに重きを置く日本軍では、この無鉄砲な新方針が容易に組織決定とされた。
 
6.その結果、陸軍は石油産地のスマトラ島だけでなく蘭領東インド(インドネシア)の全諸島の占領から、パプア・ニューギニアさらには南太平洋のソロモン諸島にまで占領地域を拡大した。これは、見た目には広大な地域を支配したことになり、日本軍の勢いの強さを示すものとして、国内外に誇示された。しかし、軍事的には兵力を分散させ、
 物資輸送態勢の準備もなく島嶼戦の経験や研究も乏しいままで、結果的には各部隊の孤立化を招くものだった。やがてこれが、太平洋戦線での陸軍の敗北の決定的要因となり、日本軍は敗退の道を歩むことになる。

7、かくして、1942215日のシンガポール占領は「予想外の大戦果」であると同時に、日本軍敗北を不可避とする陸軍の無謀な戦線拡大を誘発させたものとして、海軍の
 ミッドウェー海戦の敗北と共に、重視されるべき意味を持つものとなっている。このことは、戦史研究においては早くから指摘されている。
  しかし、マスコミ報道や歴史教育などの場ではこうした分析や裏付けとなる事実、証言などが明らかにされてきたことは、ほとんどない。

8.米国軍との戦闘ぶりや中国戦線での住民虐殺や略奪など、侵略の実態についてはこれまでに多くの研究者や報道関係者などによって、証言や記録の掘り起こしがされ、それらの分析も重ねられている。しかし、東南アジア戦線については、そうした一般的な事実の掘り起こしもわずかにしかされていない。このため、東南アジア戦線と中国戦線との共通点などについての分析と認識の定着も不十分な状況にある。

9.たとえば、日本兵による住民虐殺の背景の共通性の話題がある。中国戦線での南京攻略戦では、上海攻略で苦戦となった日本軍が増援に派遣した部隊によって勝利したことにより、兵士たちの多くはこれで帰還できると期待していた。しかし、現地指揮官の独断で南京攻略を命じられた。兵士たちは落胆し、首都攻防戦による明日の戦死を予想し、南京への途上で強奪、強姦、虐殺を頻発させ、それが南京虐殺事件を誘発させたと分析されている。
  同様にマレー戦線でも、シンガポール占領によって警備部隊と交代して帰還できるとの戦闘部隊の兵士の期待が、戦線拡大方針によって裏切られる事態となっていた。そのことが、戦闘終了後のシンガポールと英領マレー(半島)での「敵性華僑討伐」において手当たり次第同然の虐殺を各地で実行することの要因になったと、元兵士の体験記などにある。ここにも、思いつき同然の戦線拡大が、侵略の様相を悪化させた一面が如実に現れており、「215シンガポール占領」の負の側面に注目する必要性が示されている。
 
10。さらに、最近のシンガポールとマレーシアでは、日本軍によって虐殺された中国系住民(華僑)を追悼する活動が、日本社会における歴史修正主義の蔓延に反比例する勢いで、各地で展開されている。しかし、こうした事実が日本国内にはほとんど報道されていない。
  シンガポールの場合は、占領直後の約2週間に虐殺された人々の遺骨を埋葬した「血債の塔」の下で、毎年215日に各界各層の参加による盛大な追悼式が挙行されている。式には政府幹部を初め各国外交官も出席し、最近では日本大使も出席している。この様子も、日本に報道されたことはない。
  その一方で、日本の歴史教科書の多くに、すでに「血債の塔」の写真が掲載され、児童・生徒は学校で、こうした事実を学び、家庭から地域・大人社会に伝える役割りを果たしている。この点で、マスコミ報道は学校教育に遅れている。

11。また、戦闘終了後に強行された住民虐殺は、人目に付きにくい幹線道路や鉄道線路から500m以上離れたところにいる中国人や英国人は「老若男女ヲ問ワズ徹底的ニ掃討ス」ること、という日本軍の正式の命令文書に基づいて実行されたものであることが、判明している。
  当時の日本陸軍刑法では、仮にスパイと判明していても処刑するには裁判の手続きを
 経ること、と規定していた。従って、この地域での住民虐殺は、軍の規定にも反した違法殺害に相当する。こうした陸軍刑法に反した殺害が中国戦線、特に南京で繰り返されていたことを、秦郁彦氏が『産経新聞』紙上で199474日の時点ですでに指摘している。
  しかし、秦氏も東南アジア戦線での殺害については、同じ観点からの指摘はしていない。他のマスコミ報道でも同様の状況にある。

12。さらに、上記の東南アジア戦線での住民虐殺事件については、日本側の公式記録「陣中日誌」などによって事件そのものの多くが確認されていて、侵略の事実は否定できないものとなっている。これらについても、最近の歴史教科書の多くには住民虐殺の記述が登場し検定にも合格しているが、マスコミによる報道は散発的でしかない。

13 また、虐殺の犠牲者数について日本側(主に戦友会など)と地元側とで論争は現在も続いていて、南京事件の論争と類似している。類似しているのも当然で、日本軍は軍刑法に定めた裁判の手続きを省略し、現場指揮官の判断だけで処刑するという、満州事変以来の悪習「現場処理」を繰り返していたのだった。このため、氏名は勿論、人数についても正確な記録を残されてなく、確固たる数字を提示できない状況に今の日本側は追い込まれている。地元側が、どのような数字を提示してきても、日本側は対抗できる数字を出せないという極めて苦しい立場に、今ある。それは、日本軍の非人道的な体質の現れである侵略の諸事実を隠し通そうとしている今日の姿勢からすれば、当然の事態である、と考えられる。このような立場に日本側が置かれていることもほとんど報道されていない。
 
14 日本軍が、それぞれに人間としての尊厳を備えているはずの中国・東南アジアの住民を「虫ケラ」同然に扱ったという人道主義に反する行為の責任を問う声が、南京事件や「従軍慰安婦」問題の論争での地元側にはある。さらに最近の教科書検定基準の改定などをめぐる議論を通じて、そうした声は日増しに高まってきている。215日のシンガポール攻略にちなむ出来事の再検証に、今取り組むことの意義がここにもある。

15。さらに、「血債の塔」に日本の政治家、特に首相が献花をするかどうかに、地元での関心は高い。
  19914月末、湾岸戦争後の機雷処理のために自衛隊の掃海艇部隊がマニラ、シンガポールなどに寄港しながら派遣されることになり、海部俊樹首相が事後承諾を取り付けるために、東南アジア諸国を歴訪した。シンガポールではリー・クワン・ユー首相に「次の時は事前に承諾を求めて欲しい」との苦言を受けた。その後の講演では、日本軍の侵略責任を厳しく問う現地の声を意識して、日本軍の戦時中の行為を「厳しく反省する」とは述べたものの謝罪はしなかった。しかし、日本大使館が地元のマスコミに配布した英文の講演録では、sincere contrition (心から過去を謝罪し改心する)と歪訳され、日本国内向けと地元向けとを使い分けていたことが発覚し、厳しい批判の声が一斉に上がった。地元の主要な華語紙『聯合早報』のコラムでは、海部首相が講演もそこそこに空港ヘ移動してマニラへ直行し、入港した掃海艇部隊に慰問の果物を差し入れたとの情報を受け、「それだけの時間があったのなら、講演会場から空港に行く途中の『血債の塔』に立ち寄り、献花をすることが可能だったはずだ。海部氏の発言は口先だけにすぎない」とされたことが、地元では語り継がれている。

16 そうした地元側の関心の高まりを受け、1994822日に土井たかこ衆議院議長が
 シンガポール訪問の冒頭日程として、「血債の塔」への献花を実行し、同828日には
 村山富市首相が献花をした。このことが、地元マスコミでは大きく報道されたが、日本国内にはほとんど伝えられていない。
  「村山談話」はこうした経過を踏まえて、1995815日に閣議決定されたものである。
  しかし、これ以後にも日本の首相や閣僚がシンガポールをたびたび訪問しているが、献花をした事実は報道されていない。その一方で、修学旅行で同国を訪問している日本の高校生たちが献花をしている例が少なくない。そのことは、「血債の塔」の下に残る花輪によって確認できる。ここでも、学校教育が適正な歴史認識の定着において一般社会、マスコミ報道よりも一歩先んじている。

17 折しも、安倍首相は昨年末の靖国神社参拝について内外からその政治的姿勢に対して、疑問と批判の目を向かられている。もし安倍首相が、本心から日本の侵略の事実を認め責任を自覚し、アジアの戦争犠牲者にも哀悼の気持ちがあるというのであれば、215日のシンガポールでの追悼行事に参加し、献花するという行動で、その証明をすることが可能であり、効果的であると考えられる。
  今年の215日(土)は週末であり、安倍首相の得意とする週末の外国訪問の方式をもってすれば、十分に可能となる。安倍首相の215日シンガポール追悼行事への参加を求めてやまない。

18 最後に、最近の日本国内ではアジア太平洋戦争において日本軍が欧米列強を撃退したことで、アジアの人々は深く感謝しているという書籍が複数出版され、一部のマスコミでもてはやされている事実がある、しかし、それらはすでに破綻している「大東亜戦争肯定論」の焼き直しにすぎない。そこで語られている多くは、日本軍が弾圧した中国系住民(華僑)などの仕事や財産を首尾よく手に入れて今日の社会的地位や財産によって生活を謳歌している立場の人々によるものでしかない。
  ドイツでも、ナチスによるユダヤ人弾圧で、失業中のキリスト教徒ドイツ人の多くが同様の利益を得ることになり、ナチスの横暴な政策を支持していた事実がある。しかし、戦後のドイツではそうしたナチス支持の行為の責任が問われ、誤りであったことが社会的認識として定着している。
  ここにも、ドイツと日本の戦争責任に対する落差が今なお歴然と存在し、気を緩めれば落差が拡大しかねないという日本の現実がある。こうした書籍が公然と出版され一部のマスコミがもてはやす一方で、それらを批判する声を伝える報道がわずかでしかない現状は、残念というほかない。


 215日の節目の日を含め、我々「村山談話を継承し発展させる会」は、今後も同談話の理念の再確認と定着のためのアピールを続ける決意であることを、ここに表明する。

Tuesday, February 11, 2014

成澤宗男: 安倍の靖国参拝が世界に示した日本の道義破綻

『週間金曜日』の成澤宗男氏による寄稿です。靖国参拝について安倍首相や日本政府関係者が繰り返す「説明」や、その歴史認識への批判に対する「反論」の誤謬を見事に解き明かしてくれる一文、必読です。@PeacePhilosophy

当ブログの関連投稿(1月20日)
カナダ・ケベックのフランス語新聞における中国領事の安倍首相靖国参拝批判・日本総領事の反論

安倍の靖国参拝が世界に示した日本の道義破綻

  
―駐モントリオール日本総領事の「反論」を読む―

成澤宗男

 安倍晋三首相が昨年末に靖国神社を参拝して以降、世界50ヵ国以上の国々で中国大使や総領事らが地元メディアを通じ批判を加えている。これに対し外務省は「『戦後の日本の歩みを真っ向から否定する言いがかり。売られたけんかは買う』(幹部)と、中国の投稿に対し大使らがメディアに寄稿し応酬する」(『朝日新聞』1月23日付)姿勢という。

 こうした「寄稿」文は外務省のホームページにも掲載されていないが、基本的には参拝当日の12月26日に世界八カ国語に翻訳され、発表された「恒久平和への誓い」と題した首相の「談話」に沿っているのは間違いない。そこでは、「靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが……二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするため」と書かれている。

 肝心の「戦犯を崇拝するものだ」との「批判」には、何も答えていないが、ならば、安倍は同じように「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」と前文で書かれている憲法を、なぜかくも敵視し、改憲しようとしているのか。世界向けには「平和主義者」然としようが、その本質はとうの昔に国内では知られている。

そもそも、安倍は「特に侵略という定義については、これは学界的にも国際的にも定まっていないと言ってもいい」(2013年4月23日の参議院予算委員会答弁)などと公言している。同じ答弁をドイツ首相が連邦議会ですればどうなるか想像がつくが、過去の日本の侵略戦争を「聖戦」と美化し、朝鮮半島や中国大陸を始めとしたアジアに送り込まれ、現地で戦死した将兵を「英霊」と讃える靖国神社同様、安倍は一度たりとも隣国への侵略の責任すら認めたことはない。こんな政治家が、今さら「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません」だの、「中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたい」(「恒久平和への誓い」)だのと口にすること自体、両国民に対する虚言であり、侮辱だろう。

靖国擁護の珍論

首相の「誓い」がこの程度だから、世界各地での日本側の「反論」も、首を傾げるような内容があるのは避けがたいのかもしれない。その一つ、新井辰夫という駐モントリオール総領事がカナダ・ケベック州の仏語紙『La Presse』1月17日付に寄稿した「反論」には、靖国神社について「第二次大戦だけでなく、1853年以降の内戦や、他の戦争で、国の為に命を捧げた約250万人の霊が階級や社会的地位、国籍に関係なく、祀られている」と説明されている。

「内戦」とは戊辰の役や西南戦争を指すのだろうが、そこで「賊軍」とされた戦死者は「祀られてい」ない。また、「250万人の霊」には空襲や艦砲射撃等による民間人死者は無論、兵士でも戦場での捕虜・逃亡後の死者は除外されている。神社の合祀基準は「天皇のために戦って死んだ」という点にあり、それ以外の死者、あるいは「賊軍」は、「国の為に命を捧げた」とは見なされない。外務省や新井は、靖国神社のこの教義を踏襲するのか。

 しかもこの神社は、過去の戦争を「自存自衛」のためだと正当化し、A級戦犯を祀っているのも、そうでもしないと「東京裁判を認めたことになる」(靖国神社の湯澤貞元宮司)からだという。

 日本政府は1951年9月に対日講和条約に調印したが、その11条には「極東国際軍事裁判所」の「裁判を受諾し」と明記している。政府の代表が、「正しい戦争だった」という理由で政府調印の条約を「認め」ないと今でも公言している神社に、なぜ参拝するのか。明らかに矛盾だが、新井はこれについて釈明する義務があるだろう。しかも「首相は、この参拝の目的は不戦の誓いの決心を新たにするものであると強調している」などと弁護しているが、侵略戦争と見なすのを「東京裁判史観」と拒否し、それゆえにその責任者・指導者を「英霊」、「神」するような神社が、どう「不戦の誓い」と結びつくのか。

 このように、日本の大使や総領事がいくら綺麗事を口にしても、中韓両国のみならず、まだ続いている世界各国からの批判は免れるはずもない。それに安倍は、かねてから「東京裁判史観」を否定している以上、「自分は東京裁判を認めないから、A級戦犯を合祀して何が悪い。そこに参拝して何が悪い」という従来から繰り返している本音を、世界に公言するべきではないのか。それが国際的に通用されないのを知っているから、「誓い」と称して思ってもいないような虚言を振りまくのだ。

 さらに新井は「反論」で、参拝は「A級戦犯に敬意を表したり、軍国主義を賞賛したりする目的は全くないのである。靖国は軍国主義者のシンボルではない」と驚くべきようなことを述べる。戦前、靖国神社を管轄し、祭事を統括していた大日本帝国の陸軍や海軍は、「軍国主義」ではなかったのか。

 もし当時の「大東亜戦争は聖戦」だという軍の宣伝を今も一切変えていない神社が「軍国主義者のシンボルではない」と言い切るのなら、新井は靖国の軍事博物館たる「遊就館」に一度でもいいから足を運ぶべきだ。そこには戦意高揚、戦争美化のためのあらゆる「軍国主義者のシンボル」が展示してある。そんな神社を、新井は何の「シンボル」と見なすのか。少なくとも靖国は、日本国憲法のいかなる理念、価値観の「シンボル」ともなりえないのは、容易に断言できるはずだ。

まず外務省が参拝を

 しかも、「A級戦犯」を「昭和殉難者」と「敬意を表し」ている神社に参拝しておいて、「敬意を表」する目的ではないと弁じても世界では通用しない。第一、安倍がろくに「敬意を表し」もしないくせにやって来られたら、神社にとってえらい迷惑だろう。幸い、神社側が今回の参拝を迷惑がった形跡はないが、当然ながら「東京裁判史観」を批判する安倍が、「A級戦犯に敬意を表し」ているのを百も承知だからではないのか。

 それほどまでに外務省が、世界中に向かって靖国参拝が「不戦の誓いの決心を新たにする」(反論)ためだとその意義を強調するのなら、そしてその言い分を本気で信じているのなら、外務省はこれまで参拝しなかった大多数の歴代首相を、「決心」を欠いた「平和」の施策の職務怠慢者と見なすのか。ならば外務次官を先頭に各国の駐留大使、新井を始めとした領事は、まず率先して自ら靖国に赴くべきではないのか。

 こうした明らかに論理性を著しく欠いた「反論」が披露される一方、米『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(電子版)は、1月23日付で「米政府関係者は、安倍首相が中国と韓国を怒らせた靖国神社参拝を繰り返さないことを確約するよう日本に求め」、「日本政府がこれまでの第2次世界大戦に関する公式の謝罪を確認することを検討するよう首相に要請する」と報じた。

 これは、明らかに米国政府筋からのリークだと思われる。今回、まったく世界から何の共感も得られなかった首相の「誓い」だの、大使館・領事館員の「反論」レベルでは、もはや対処できる事態ではなくなっていることは間違いない。

 かといって、首相がこれを「確約」したり「確認」したなら、参拝に拍手した自民党支持者や「日本会議」等の極右、首相が昵懇にしている右派論壇は混乱と失望の渦の中に陥るはずだ。それでも「東京裁判史観」だの、「勝者の裁き」などと内弁慶のように口にしながら、長年、対米国関係では卑屈丸出しの従属を続け、それが体質になっている安倍を始めとした自民党政権に、選択の余地は限られているはずだ。やがて各国の新聞に、日本側の「反論」の訂正記事が載るのだろうか。


なるさわ・むねお
1953年、新潟県生まれ。中央大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。政党機関紙記者を務めた後、パリでジャーナリスト活動。帰国後、衆議院議員政策担当秘書などを経て、現在、週刊金曜日編集部企画委員。著書に、『オバマの危険』『9・11の謎』『続9・11の謎』(いずれも金曜日刊)等

このブログの、成澤宗男氏による過去の人気記事もご覧ください。

成澤宗男:「山下俊一」という「3・11」後に生まれた病理

成澤宗男: 安倍晋三と極右歴史修正主義者は、世界の敵である


Monday, February 10, 2014

普天間基地返還・辺野古新基地中止を求める「オリバーの署名」チラシ

1月末にはじめた、普天間基地返還・辺野古新基地計画中止をオバマ大統領と安倍首相に求める国際インターネット署名運動呼びかけのチラシです。 ネット以外の場での宣伝にご活用ください。

まだの方は署名をお願いします。

署名サイトのリンクは http://chn.ge/1glVJSw

です。英語版は http://chn.ge/1ecQPUJ 

このチラシはここでダウンロードしてください。


Saturday, February 08, 2014

Ambassador Caroline Kennedy, please respond to the letter from Wakana Toguchi, Nago, Okinawa. ケネディ大使、名護市の渡具知和奏さんの手紙にお返事をください。

Here is a letter from Wakana Toguchi, a grade 6 girl in Nago, Okinawa to the US Ambassador to Japan Caroline Kennedy, sent on December 26, 2013. Wakana trusts that Ms. Kennedy will respond to her and waits every day, but she has not heard back yet. 
Wakana Toguchi


Dear Caroline Kennedy san,

Congratulations for your appointment to the US Ambassador to Japan. I hope you are doing fine and well.

I live in Nago city, Okinawa. I am eleven years old. I live in an area that looks out to the sea of Henoko and Oura Bay. In the sea of Henoko and Oura Bay, dugongs, an endangered species, live in. It is said that the dugong is the model of mermaid. The area of Henoko-Oura Bay on the east coast of Okinawa Island is the only area in Japan where we can find dugongs.  As their name “Dugong” tells, the dugong has a very sweet and adorable character. You may wonder why a creature like the dugong lives in Henoko and Oura Bay. When you actually see the area with your own eyes, you would easily understand why. 

I have paddled a canoe out to Oura Bay and found the color of the water so transparent and beautiful corals growing so big.  Yet, more than anything else, without any disturbing noise, I could hear the sound of the wind and the sea was so calm. 

I have been very interested in dugongs for a long time and I love dugongs very much. My deep affection for the dugong led me to work on a summer project on the dugong this year. I received a “Special Prize” for my project from the Global Oceanographic Data Center.

I have not seen a dugong in person in my life. Though I wish to meet dugongs, they are an endangered species and their number is so small that even most of local people do not have chance to meet them. 

Still, I know they are so gentle and loveable. Because even a photo of a dugong tells me how gentle they are. If I can meet them in person, that would be the biggest surprise that I could not even imagine, and I would make the biggest smile in my life. 

Yet there is a plan to construct a US military base in this “Dugongs’ sea.”  I want to protect the dugongs’ sea!  I want to protect the rich nature of Henoko and Oura Bay! And I know I am not the only one who wishes to do so. Everyone in Okinawa wishes the same. If a new military base is built, the dugongs will be extinct and the rich nature of Henoko and Oura Bay will be destroyed and lost.

So please, do not build a new military base. Please, protect the dugongs! Please, Caroline san, come visit to see the beautiful sea of Henoko and Oura Bay. I am confident that you will love the sea, too.

I wish you to take good care of yourself every day of tomorrows and to do a great job.

Thank you very much for taking the time to read my letter.

With my faith, I believe my heart will reach out to you, Caroline san.

Wakana Toguchi

Here is the handwritten letter by Wakana. 


Here are articles about Wakana's letter, in Okinawan newspapers Ryukyu Shimpo and Okinawa Times, December 26. 

琉球新報2013年12月26日


沖縄タイムス2013年12月26日

「名護の民主主義の勝利」名護市長選の7分英語レポート映像 A Democratic Victory in Nago, Okinawa - a 7-minute report of the historic election

This is journalist Michael Penn's 7-minute report of the Nago election. From Shingetsu News Agency. ジャーナリスト、マイケル・ペン氏(シンゲツニュース)による名護市長選の英語レポート(7分)。胸を打つものです。海外発信に使ってください。

沖縄・名護の民主主義の勝利

 

Sunday, February 02, 2014

舛添要一の女性観

福島みずほ氏のブログにあった、舛添要一氏の女性についての発言に驚いた。

「僕は本質的に女性は政治に向かないと思う。たとえば、指揮者、作曲家には女はほとんどいない。女が作曲した曲に大したものがない。なぜか、と考えてみると、実は指揮者は政治家に似ていることに気づいたわけ。オーケストラを統率する能力は、女性は男性より欠けているわけです。作曲家が少ないのも、論理構成をして様々なパーツを上手にワンパッケージにまとめる能力がないから。これはシングル・イシュー・ポリティックス(単一争点政治)とも関係してくる。」 
「それから、体力の差ということでいえば、政治家は24時間、いつ重要な決断を下さなければいけないかわからない。そのとき、月1回とはいえ、たまたま生理じゃ困るわけです」 
「女は生理のときはノーマルじゃない。異常です。そんなときに国政の重要な決定、戦争をやるかどうかなんてことを判断されてはたまらない。」 
(BIGMAN1989年10月号「増殖マドンナ議員は日本をダメにするか!?)
これは1989年、24年前の発言である。現在の舛添氏の考えがどうなのか確かめる必要がある。

都知事選を前に注目が集まっているようだが、私はこういう考えを持つ人間が政治家をやれてきたことの方が信じられない。都知事になってしまったりしたら石原慎太郎以上の問題発言が予想される。橋下大阪市長や現政権の数々の目をむくような発言と行動、NHKの籾井新会長の発言など、この1年世界のマスコミは日本の政治家や影響力のある人たちによる品位も常識も配慮も欠く発言を報道してきた。海外にいる日本人としては「また日本か」という恥ずかしさを抱えながらの毎日である。何よりもこういう人間が社会のトップに居座ることを容認する日本の多数派の民度を疑う。@PeacePhilosophy


参考:日刊ゲンダイの関連記事

「女ごとき」「男より欠ける」…舛添氏“消せない”女性蔑視発言
http://gendai.net/articles/view/news/147665