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Friday, February 05, 2016

「慰安婦」問題、日本の「謝罪」が犯した過ちとは デイビッド・トルバート『ハフィントン・ポスト』寄稿和訳 David Tolbert: Japan's Apology to South Korea Shows What Public Apologies Should (Not) Do (Japanese translation)

David Tolbert
 『ハフィントン・ポスト』に1月29日掲載された、「国際移行期正義センター」(ICTJ)代表のデイビッド・トルバート氏による寄稿は、昨年末12月28日発表された、「慰安婦」問題についての「日韓合意」の欠陥を明らかにし、あるべき謝罪と補償への教訓を提供する。
 この「移行期正義」という概念についてICTJのサイトでは「移行期正義とは、大規模な人権侵害の歴史を正していくため各国が実行してきている裁判による、または裁判にはよらない方策を指す。これらの方策は刑事訴追、真実和解委員会、補償計画、さまざまな種類の組織改革などが含まれる」と定義している。日本語でも専門書が出ているようだ。
 また、この文の最後の方で触れられる、日本が国際刑事裁判所の「被害者信託基金」に財政的貢献をしたという件だが、外務省のサイトに記述がある。これは2013年9月26日安倍首相が国連総会で「女性と人権」を強調した演説をする際に、この「被害者信託基金」に1億円の拠出をするとの報道がされ、日本軍「慰安婦」問題とその歴史を否定するような発言で批判されていた日本のイメージアップのために行ったのだろうと言われていた件である。トルバート氏はこの資金拠出を評価することで逆に日本に、「慰安婦」問題で正しい謝罪と補償をせよと重圧をかけているのだろう。


(前文、翻訳:乗松聡子 翻訳はアップ後微修正することがあります。)

原文は
Japan's Apology to South Korea Shows What Public Apologies Should (Not) Do

日本の韓国への謝罪は、公的謝罪が行うべきことと行うべきでないことを提示する
第二次世界大戦中の「慰安婦」に対して軍が犯した性的奴隷化に対する最近の日本から韓国への物議を醸した謝罪は、戦争中の犯罪や深刻な人権侵害についての重要な問題を提起した。このような大規模な人類に対する罪における謝罪の適切な役割とは何だろうか?謝罪というものが何を達成できるのか、そして生存者や被害者にとってそうではあってはならない謝罪とはどんなものなのか?
先日の日本の謝罪は、日本と韓国の間で交わされた地政学上の戦略的取引と見る人もおり、韓国における生存者46人と、戦争中日本に占領された他の国の被害者たちからも抗議を受ける結果になった。
ICTJ(国際移行期正義センター)が過去15年間50か国以上における被害者への補償に取り組んできた経験にもとづけば、多くの被害者にとって、謝罪以外の補償の形を伴わない謝罪は正義として成り立たないことがわかっている。賠償金といった実質的な補償も、意味のある形で責任を認めることなしにはその目的を達することはできない。

第二次世界大戦前と最中、日本帝国軍によってアジアの20万人と推定される女性たちが性奴隷となることを強いられた。日本は占領地全般において組織的に広大な「慰安所」ネットワークを築き、「慰安婦」が人身取引され、性奴隷として使われた。これらの「慰安婦」の多くは奴隷とされた時点でかろうじてティーンエイジャーという年齢で、今生存している少数の女性たちは高齢で数も減ってきている。
今まで日本政府のいろいろな高官たちがさまざま形で遺憾の念を表現し、「慰安婦」制度運営における日本軍関与を認めてきたが、直近のものを含めてどれもこれらの人権侵害に対する日本の国家としての責任を無条件に認めるものではなかった。
最近の「謝罪」の一環として、日本は生存している韓国の被害者に医療、介護といった援助をするための基金の設立に10億円を約束した。韓国はそのかわり、補償に対する要求を「不可逆的」に取り下げ、この件について一切の日本の批判をやめ、韓国人「慰安婦」被害者たちによって2011年ソウルの日本大使館前に建てられたを撤去するとの約束をした。
この合意は、「慰安所」(または売春宿)の制度を開始した国家責任を完全に認めるのではなく、韓国の女性たちを性奴隷に強いたことにおける「軍当局の関与」に対する「心からお詫びと反省の気持ち」を示しただけであった。被害者と支援者によれば、これは完全で意味のある謝罪には程遠い。これは性奴隷制度を創設して維持した日本の役割を認めていない。人権侵害に対する法的責任も認めていない。公的謝罪というものは「事実を認め責任を受け入れること」でなければいけないという国際人権規範における基準を満たしていない。
国際移行期正義センター(ICTJ)の最近の報告「言葉以上に:償いの形としての謝罪」で我々が解説しているのは、最も意味のある公的謝罪というものは、人権侵害に対する責任を明確に認め、生存者や被害者とその家族の継続する苦しみを認知するものであるということだ。
この報告が示すように、大規模で組織的な戦争犯罪や人権侵害への謝罪は、生存者や被害者とその家族に相談し、その謝罪の形式、内容、タイミングがその人たちにとって最も意味のあるものになるようにした上で行われるべきものである。
日韓の「慰安婦」生存者への謝罪の場合このようなものではなかった。日本の首相と韓国の大統領の間で交わされた合意に含まれなかったアジアの他地域すべての生存者にとってももちろん違った。この謝罪の試みは、被害者に助言を求めた結果ではなく、米国の勧めによって行われたようである。「慰安婦」被害者に正義をもたらすという動機よりも(そういう動機が少しでもあったとしたら)、日韓の緊張(領土問題や未解決の歴史問題をめぐるものを含む)緩和という必要性に動機づけられたものであった。
ICTJの報告書が強調するのは、謝罪というものは真相究明を終わらせたり被害者が真実を訴えることを抑圧したりするものであってはならない。謝罪とは、紛争に関連する犯罪や国家の名の下に行われた人権侵害に対する社会全体としての決着(reckoning)を促進しなければいけない。謝罪というものは説明責任の空間を開くものであって、閉じるものであってはならない。

当然ながら謝罪というものは、記念碑やモニュメントといった、人権侵害が忘れられないことを確実にするための対策ーーとりわけ被害者自身によって建てられたものである場合――を撤去したり価値を低めたりするために使ってはならない。
また謝罪というものは、同じ人権侵害の被害者間で差別するようなものであってはならない。まさに日本が中国、フィリピン、東ティモールなど他のアジア諸国の被害者への言及を怠ったことは、この謝罪が過去の過ちを誠実に認めるというよりも主に政治的便宜に動機づけられたものであるという見方を裏付ける。事実上被害者間での区別を行ったことで、この謝罪表示は公的謝罪の精神にも目的にもそぐうものではない。

最後に、謝罪というものは、本来それが伝え象徴するはずの「もう二度としません」という約束と矛盾する他の目的のための道具とされてはいけない。過去の犯罪への謝罪が現在の地域安全保障上の緊張を減らすことはまずない。それどころか緊張をエスカレートさせるかもしれない。これは謝罪の意義を損なうだけではなく、被害者たちの何十年にもわたる正義への要求の価値を低めることによってその謝罪を覆すようなものだ。

日本は、国家による疑いようのない責任の確認をともなう償い計画の一部として、占領中に行われた人権侵害に対する謝罪の最近の例から学ぶことができるのではないか。2013年英国政府は、英国のケニア植民支配に対する反植民地主義運動を支持したと疑われ拷問と虐待を受けたケニア人たちに対して謝罪した。英国は謝罪に加え、記念碑作成に対して資金を提供し、生存者たちに補償金を支払った。1991年、チリのパトリシオ・エイルウィン大統領は、ピノチェト独裁政権が犯した人権侵害に対して国家を代表して謝罪した。エイルウィン大統領は、これらの人権侵害行為に国が責任を持つことと、政府職員が強制的失踪、拷問、超法規的殺害を行ったことを明らかにした。大統領は謝罪に続き、議会に対し補償計画とそれを実行する組織を創設するための法案を提出した。その法案は成立し、現在も被害者への支援を提供し続けている。
日本政府は国際刑事裁判所を創設したローマ規程の、移行期正義の一要素としての補償促進において建設的な役割を果たした。2014年には日本政府はこの規程により補償メカニズムとして創設された「被害者信託基金」に重要な財政的貢献をした。日本はこの寄付金を「性的またはジェンダーにもとづく暴力の被害者に割り当てる」ようとの要望まで出したのである。言い換えればこのことは、政治的、外交的および安全保障上の課題が「慰安婦」被害者に対する謝罪への日本の拒絶と躊躇を特徴づけているにもかかわらず、日本は、戦争における性的およびジェンダーに基づく暴力に取り組む重要性だけでなく、被害者が補償を受ける必要性まで認識しているということを示している。
国連と各国政府は今こそ介入し、日本政府に対し、これだけ何年も時間が経った後、今こそ疑いようのない形で「慰安婦」被害者に過去の性奴隷犯罪に対する責任を認め、効果的な補償計画をともなう完全かつ意味のある謝罪を行うことを求めるべきである。

原文は
http://www.huffingtonpost.com/david-tolbert/japans-apology-to-south-k_b_9111566.html

デイビッド・トルバート氏のプロフィールは
http://www.huffingtonpost.com/david-tolbert/




Wednesday, January 06, 2016

南京大虐殺資料の「ユネスコ世界記憶遺産」登録批判に見る、安倍自民党の極右体質 Registration of Nanjing Massacre Documents with the UNESCO Memory of the World - Japanese politicians' criticism reveals their far right-wing nature

2016年になりました。今年もよろしくお願いします。年始初の投稿はこのブログでもお馴染みの成澤宗男氏の書き下ろしです。南京大虐殺は、広島、長崎の原爆投下や、ナチスのホロコーストなどと並んで私たちが永遠に記憶していかなければいけない、人類史上最悪の大虐殺の一つです。日本の政治家や右翼がいくら否定しても世界は覚えている。世界遺産への登録は当然のことです。南京大虐殺は1937年12月13日の南京城陥落の日から6週間ぐらいが一番酷かったと言われています。ということは、翌年1938年の1月末までは犯罪が集中する日々が続いていたということです。12月に記憶する日を設けるだけでなく、翌年になっても記憶しなければいけない。きたる1月27日は、国際ホロコースト記憶デイでもあります。新年、無念と屈辱の中で殺されていった無数の人たちのことを記憶し、人種差別や戦争をなくしていく決意を新たにしたいと思います。@PeacePhilosophy 


南京大虐殺資料の「ユネスコ世界記憶遺産」登録批判に見る、安倍自民党の極右体質

―日本が目論む戦略的対外発信力」とは何なのか―

                  成澤宗男(ジャーナリスト)

序章
この年の10月から11月にかけて、日本政府・外務省や自民党、右派メディアが一斉に、中国による南京大虐殺関連資料のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)世界記憶遺産登録に対して猛烈な抗議の声を上げた。だが、これがどれだけ異常極まる事態であったか、未だに多くの日本人たちが気付いている形跡は乏しい。おそらく近年、日本がこれほどまでに理性と道義を喪失している実態を雄弁に示したケースは稀だろう。

第1章 「30万人」が問題なのか
最初に政府の側から騒ぎ立てたのが、官房長官の菅義偉であった。菅は1012日に放映されたBSフジ番組で、この登録に対し、拠出金停止もほのめかして「事実をめぐり意見が分かれているのに、一方的に中国側の意向に基づいてユネスコが指定するのはおかしい」と批判。翌13日の記者会見では、中国側の登録が「政治利用」で、ユネスコも「一方的に決めて政治問題にすべきではない」と批判。さらに、中国がユネスコに提出した資料を「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」としながら、一方で「(南京で)非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と、「(中国側が主張しているとする30万人の犠牲者数について)政府として具体的な数の断定は困難だ」と発言した。
この記者会見で、菅が「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と述べる一方で、「事実をめぐり意見が分かれている」というのは奇異に感じる。では、中国側の「30万人の犠牲者数」という主張が問題なのだろうか。外務省の外務報道官の川村泰久は、「犠牲者数三十万人以上という中国の主張が既成事実となり『負の歴史』の宣伝に利用されかねない」(『東京新聞』1011日付)と述べたといいうからそうなのだろうが、これも実におかしな理屈だ。
2010131日、「日中有識者による歴史共同研究」の成果である「報告書」が発表された。この「共同研究」は外務省のHPによると「20054月の日中外相会談において、町村外務大臣(当時)より日中歴史共同研究を提案、翌5月の日中外相会談において、詳細は事務当局間で議論していくことで一致」したというから、「報告書」は半ば日本政府の公式見解と見なされて良いだろう。そこでは南京大虐殺について、以下のような記述がある。
「日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では20 万人以上……、1947年の南京戦犯裁判軍事法廷では30 万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、日本側の研究では20 万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている」――。
 すると日本側は、「20 万人を上限」とする見解を示していたことになる。繰り返すように「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」と認めたのであれば、「中国側が主張する30万人の犠牲者数」との違いは10万人になる。日本政府・外務省が、自国が認めた「20 万人を上限」とする数字と10万人違っていたことが、ユネスコへの拠出金停止をほのめかすまでに菅が憤るような理由になるのか。
 しかも、「非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できない」にもかかわらず、犠牲者数が仮に「4万人、2万人」であったら、前出の川村は「負の歴史」ではないと考えているのか。中国側が宣伝しようがしまいが、「2万人」もの非戦闘員を殺害したらそれは大変な虐殺行為なのであって、日本人自身が誰よりも真っ先に「負の歴史」として刻むべきだろう。

第2章 「政治利用」という批判の「政治」性
 この程度の理屈すら分からなそうな男が「外務報道官」というから空恐ろしくなるが、そもそも中国側の資料は、「30万人」という犠牲者数を前面に出しているのではない。中国は2014年にも南京大虐殺関連資料を世界記憶遺産に登録申請しているが、その内容(英文)はユネスコのHPに掲載してあるから、菅の「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」などという批判は、まったくのデマに過ぎない。HPに掲載された「Documents of Nanjing Massacre」の「Summary」(要約)では、1948114日に下された東京裁判判決に登場する「後になされた評価では、日本軍占領期の最初の6週間に南京やその近郊で殺害された市民や捕虜の全体数は20万人を超える」との一文を、そのまま引用しているだけだ。しかも、「Comparative criteria」(比較の基準)の「People」では、これと同じ表現で「20万人以上」という数字が引用されているが、「少なくとも30万人」という表現も、連合国軍がBC級裁判の一環として設置した南京戦犯裁判軍事法廷の判決の引用という形式を取っている。
 「日中有識者による歴史共同研究」の「報告書」も同様だが、中国側が「三十万人以上」という数字の「主張」にこだわっているのでは毛頭ない。当然だろう。「20 万人を上限」にしようが「少なくとも30万人」だろうが、その歴史上特筆すべき残虐性は何ら変わるものではないからだ。にもかかわらず、自国が「20 万人を上限」とする評価もあり得ると認めながら、「犠牲者数三十万人以上という中国の主張」などという話を捏造し、しかもその数字が「既成事実」になるとして問題視しているのが、この国の主張なのだ。それがどれだけ事実に反しているか、外務当局は知るべきだろう。
 そもそも「政治利用」だとか「政治問題」などと口にすること自体、自身の「政治」性を物語っていよう。ユネスコは1979年、ポーランドの旧アウシュビッツ強制収容所を世界遺産に登録したが、当時のドイツ連邦共和国が「政治」云々と騒ぎ立てただろうか。誰が申請しようが、南京大虐殺関連資料が世界記憶遺産に登録されるのは、南京大虐殺というその空前の「負の歴史」からして何ら不自然ではない。にもかかわらず「政治利用」などという恨みがましい用語が出るのは、それを吐いた者たち自身が、歴史の真実に対して過度に「政治」的に振る舞っているからに他ならない。
 思い起こせば、戦後の歴史教科書は紆余曲折があったが、少なくとも中学校では1984年版、高校日本史では1985年版、小学校では1992年版から全教科書に「南京大虐殺」の記述が存在した。しかし、次のような経過は、今回のユネスコに対する批判を考える上で忘れてはならないだろう。
「自民党は九三年八月に『歴史・検討委員会』を設置し、次のような結論をまとめて九五年八月一五日に発表した。①日本の戦争は侵略戦争ではない、②『慰安婦』や南京事件などの加害は事実ではない、③これらのことを教科書から削除するために新しい教科書のたたかいが必要、④前述①②のような歴史認識を国民に定着させるために、学者を中心とした国民運動を展開する。
これを受けて、九六年夏から、中学校教科書を『自虐・暗黒史観教科書』と攻撃し、教科書から『慰安婦』や南京事件記述を削除せよ、という激しい攻撃がはじまった」(注1)
 よく知られているように、安倍晋三は極右・歴史修正主義者の牙城であるこの「歴史・検討委員会」に委員として加わり、続いて一連のこうした「攻撃」の先頭に立った「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(現日本の前途と歴史教育を考える議員の会)の事務局長を務めた。菅義偉も、後者に所属している。しかも安倍は、南京大虐殺を「捏造」とする一派に与している事実を隠してはいない。 
 名古屋市長の河村たかしが2012220「一般市民(へ)のいわゆる虐殺行為はなかった」「南京事件はなかったのではないか」と述べて大問題になった際、「南京の真実国民運動」(代表=渡部昇一)が「広告主催者」となり、同年の『産経新聞』83日付と924日付に、「私たちは、河村たかし名古屋市長の『南京』発言を支持します!」という意見広告を掲載した。そこで安倍は、「元内閣総理大臣・衆議院議員・自民党」の肩書きで、「呼びかけ人」の筆頭に名を連ねている。つまり河村と同様に、南京大虐殺の否定論者に他ならない。

第3章 啞然とする自民党の歴史認識
安倍政権が今回、これほど「政治」な動きをしたのは、もともとこの一派の大半は南京大虐殺が「事実ではない」と考えているか、あるいは「事実であって欲しくない」と強く願望しているからこそなのだ。こうした安倍のようなメンタリティの同類が、自民党の「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」の委員長である衆議院議員の原田義昭だろう。
 原田は102日、同「検討委員会」の会合後、記者団に「南京大虐殺や慰安婦の存在自体を、我が国はいまや否定しようとしている時にもかかわらず、申請しようとするのは承服できない」(『朝日新聞』電子版102日付)と語ったという。
これこそが、安倍政権と自民党の本音に他ならない。この集団によれば、対外的には政府が南京大虐殺の事実を「否定できない」と表明していながらも、あくまでこの事件は本来「事実ではない」か「事実であって欲しくない」ものであるから、この問題で何か起きると、「今や否定しようとしている時」だと主観的に思い込みたがる。だからこそ、中国のユネスコ登録申請に過度に「政治的」に反応するのであって、それ自体、安倍政権・自民党の歴史修正主義という「政治」的本質の裏返しといえよう。
 では、原田自身、南京大虐殺について、どのような見解を有しているのか。それを示しているのが、1022日に放送されたTBSラジオの荻上チキのインタビュー番組における発言だ。多少引用が長くなるが、その以下の書き起こし(注2)を読むと、驚くべきことに原田がおよそ南京大虐殺に関する初歩的知識すらないどころか、中国の世界遺産登録の経過すらろくに把握していない事実がうかがえる。
荻上チキのインタビューを受ける原田義昭。
全文書き起こしはここ

「荻上 そもそも今回登録された資料というのはどういうものなのでしょうか?
原田 これはね、南京事件のね、中国側が、みた、例えば南京のときに、30万の人間がね、虐殺されたと。こういうようなことも含めた、あることないことのね、データだと。まずいうならね、そもそも何を登録するかについても一切公表しない。終わってからも公表していないんですよ。事前はね、それを見せないっていっても公表しない」

 論ずるにも値しない虚言だが、ユネスコのHPを検証する努力すらもしていないのは、次のやり取りでも如実に示されている。

「荻上 個別の、今回の中国が出した資料については確認されていないわけですね?
原田 していません。申し上げたました通りにね、それを事前に、そこがね、みなさん、あなたたちの関心からすると、そこを出しなさいと言ってきたらしいんですよ。
荻上 そちらのほうはわかったんですけど、例えば、個別の何があったのか評価はできない。一方で、今回出した資料がどういったものかが確認できない。となればどうみても捏造だというのは、何に対して憤っているのかというのが、おそらくリスナーにわかりづらいと思うんですね。
 原田 いやいや、しかしね、そもそもですよ。やっぱりね、情報公開してですよ、その上でみんなの評価を受けるというならわかるんだけどね。そもそも隠すこと自体がね、聞きたい側からするとね、見たい側からすると、隠すこと自体がおかしいじゃないか、と。いまあれでしょ、物事の個人情報とかなんとかだってね、やっぱりね、隠すことに意味がある。ないしは情報公開出来ない立場からするとね、なにかそこに隠さないといけない理由があるじゃないかと。相手方からすると、そこにこそ聞きたいんだと」

 いったい、原田は何を言いたいのか。「そこを出しなさいと言ってきたらしいんですよ」とは、まったく意味不明だが、「隠す」という語を連発する前に、そもそも自分の発言には責任を持つという意識すらあるのか疑わしい。繰り返すようにユネスコも中国側も、HPに資料を公開しているのだ。このいい加減さは、虐殺事件そのものの話に入っていくと、顕著になる。

「荻上 例えば外務省がウェブサイトに出しているような、人数の、大小は問わず、わからないけれども、そうした殺害行為があったことは事実だと認めていることについてはいかがでしょうか?
原田 表現にもよりますけどね、それこそね、今の時代だってですよ、言っちゃ悪いけど、いろいろな事件、殺害が行われていますからね。しかし戦中の一番難しい時期ですから、混乱したときだから、そりゃなかったとはいいませんけども。
荻上 その混乱というのは、例えば全体が混乱している中で、個々人の兵士が勝手にそうした行為を行ったことを混乱と表現しているということですか?
原田 私はそういう風に理解していただいていいと思いますよ。軍として日本の国軍が組織的に虐殺する必要性もなかったわけですし。
荻上 その場合の組織的というのは、例えば命令書があるないことを組織的というのか、それとも現地の部隊が、例えば捕虜の方々を縛っている状態で銃で殺すようなことも組織的というのか、どのあたりのニュアンスを示しているのですか?
原田 そのへんも私もね、いま質問のように、厳格にはいま申し上げませんけどもね。多少の混乱が南京があったということはね、あったかと思いますよ。
荻上 部隊による捕虜の殺害というのはどうでしょうか?
原田 そりゃ、個別には私はコメントできません。
荻上 だけれども全体としては捏造だと……。
原田 そりゃそうそう。
荻上 感じるわけですね。
原田 そう。それは間違いなく捏造だと思っています」

 第4章 誰が「名誉」を汚しているか
一体、「委員長」がこんな程度のやり取りしかできない「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」とは何なのか。初歩的な知識さえないから「そりゃなかったとはいいませんけども」などと矛盾したことを平気で言い、具体的な質問を突っ込まれると「個別には私はコメントできません」と逃げるのだ。「個別」も何も、「捕虜の殺害」という南京大虐殺の基本中の基本の事実認識さえまともに答えられないで、どうして「間違いなく捏造だ」と言い切れるのだろうか。原田の支離滅裂ぶりは、質問されるたびにさらにひどくなっていく。

「荻上 例えば当時の人口について、(注=原田が)10数万人しかいなかったのに、という話がありました。これに関して、当時の南京市の人口統計であるとか、あるいはラーベなどの、個人が書いた推計などについて、触れた機会はありますか?
原田 僕はあのデータも随分読んでいます。
荻上 どういったデータでしょう?
原田 いやいや具体的な名前を言っているわけじゃないけども、まず南京の、そのときの、あれだけのメディアだのマスコミだの入っているにもかかわらず、南京についてですよ、事件があった直後のあれについて、まったく国際的な情報が入っていないということ。
荻上 つまり虐殺と言われるような……。
原田 そんなことは今だけですよ。それは、全市民を越えるくらいのあれはですよ、やるなんてことは、大新聞も書くでしょうよ。
荻上 整理すると、当時の人口を越えたような虐殺人数になっているじゃないかというのがひとつと、もしそういった行為があったならば海外メディアは当時報じていただろう、と。日本のメディアも報じていただろうということになるわけですね。
原田 もちろんそう。
荻上 これについて二つ事実確認をしたいのですが、当時10数万人というのは、あくまで南京の城の中の、なおかつ安全区と呼ばれるところの人口であって、全体としては南京市、南京城周辺の人口としては100万人前後。で、事件の前にどれだけ減ったのかという議論がされているのが一点あります。それから報道に関しては、国内だけではなくて、ニューヨークタイムズやワシントンポストなど、当時、南京でこういった事件があった。こういったようなケースがあったということ自体は報じられているんですけども、これに対してはどうお感じになっていますか?
原田 いや、私はね、ちょっと服部さんね。
荻上 私、荻上です。
原田 え?
荻上 こちらはスタッフの名刺で。
原田 ああ、そうかそうか。
荻上 私、荻上と申します。
原田 荻上さんね、私はね、今日は南京のそこまでのあれはちょっとね、いろいろ準備しておかなかったからね、あれです。だけども結論から言うとね、少なくともそういう議論があるんですよ。いいですか? そういう議論があるにもかかわらず、その議論がありながらね、そういう事実をね、ここに、ユネスコの記憶遺産に刻印しようとすること自体がね、もう基本的に問題なのであって。
荻上 それはプロセスの問題ということですね?
原田 いやいや、プロセスだってね、まずね。中身に入る前にね、プロセスでね、明らかに間違っているんだから。内容に入る前にね、それがおかしいじゃないか。それにね、プロセスに反論があるならやってみなさいよ、と。その上でね、学者も含めて、政治家も含めて、はっきり議論してね、どちらが正しいか、どちらが誤っているのかをね、議論させればいいだけのことなんだよ。それがね、荻上さんね、プロセスだからって、プロセスのほうが大事なんですよ」

それまで「捏造」という語を盛んに連発しながら、個別論議になると、急に「いろいろ準備しておかなかったからね」と逃げる。聞かれたのは、「準備」以前の基本的知識に関する問題であるにもかかわらずだ。おまけに中国側の提示した資料すら何も目も通さずに非難するという、議論の「プロセス」を本人が最初から欠いているのに、今度は「中身に入る前にね、プロセスでね」と言い出す。原田はこのインタビューで、自身の主張を裏付けるような文献も資料も、一切具体名を提示できなかったが、さすがにこれほどの醜態をさらしたために内心、少しは惨めさを感じたのだろうか、「荻上さんね、それはね、やっぱりね、私どもの名誉を、もう少しね、守る立場から勉強してもらわないとダメですよ」などと捨て台詞のような発言を残している。だが自分の無知を棚に上げている原田のような言説こそ、日本の「名誉」を毀損しているのではないのか。
 
 第5章 外務省の「情報発信」とは?
この「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」は143月に設置されているが、同年6月に「攻めの情報戦略を!!」と題した「中間とりまとめ」を、安倍や菅らに提出している。以下は、その「趣旨」だ。
「国際環境が一段と厳しさを増す中、日本の内政外交に対し中国、韓国などの反日宣伝とも思える情報が溢れている(例、慰安婦像、日本海呼称問題、靖国、安重根像など)。二国間(バイ、ローカル)の案件でも米国を含む第三国際社会に持ち出すことにより国際的に転化し、ひいては我が国の国益を毀損することにもなる。
 我が国は外交では『広報活動』の充実に努めてきたが、国として主権や国益を守り抜くためには、単に『中立』、『防御』の姿勢から積極的に攻める『情報発信』や攻める『情報戦略』に点ずることが必要である」――。
 すると原田は翌年、自ら「情報発信」するために、TBSのラジオ番組に出演したのだろうか。南京大虐殺も「反日宣伝」に違いないからかもしれないが、繰り返すように、もし何かが「国益を毀損」しているとしたら、それは基本的知識も皆無なのに、「捏造」とまくし立てるだけの原田のような国会議員の「委員長」が存在しているということ自体が元凶なのではないか。
 同じ自民党衆議院議員の稲田朋美(注3)は1110日の衆議院予算委員会で、「中国の南京事件に関する資料が記憶遺産になったことは非常に遺憾であります。まず、何が登録されるか全く明らかにされていません。いまだに明らかにされていません。その資料が真実かどうかも明らかにされず」云々と述べているが、虚言癖は極右の本質的属性なのだろうか。こういう手合いらが「与党」でいられることに、つくづくおぞましさを感じざるを得ない。
 さらに、自民党に輪をかけて、外務省も今回、信じられない対応をした。外務省のHPには「歴史問題Q&A」というコーナーがあり、「問6南京大虐殺に対して、日本政府はどのように考えていますか」という問いの回答として、「日本政府としては、日本軍の南京入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難であると考えています」と明記している。
 ところが外務省は、捕虜虐殺を考慮しないなど問題はあるが、まがりなりにも南京大虐殺について「否定できない」とする一方で、何と歴史学者でもない南京大虐殺の否定論者である明星大学教授の高橋史朗を、「バランスの取れた研究者だ」(『毎日新聞』11月6日付朝刊)と称して登用し、ユネスコ世界記憶国際諮問委員会に提出した中国側への反論の「意見書」を作成させたのだ。
 1128日、東京都内で「『南京大虐殺』の歴史捏造を正す国民会議」なる団体の集会が開かれ、「参加者からは、虐殺の証拠が存在しないことを政府が対外発信するよう求める声が相次いだ。同会議議長の渡部昇一上智大名誉教授は『組織的な虐殺はあり得なかったと断言できる』と指摘」(『産経』電子版1128日付)したという。
また「国民会議」は109日、安倍や菅らに、「今回の登録承認は、歴史的事実に基づいておらず、中国の政治的宣伝に乗せられた決定である」とし、「このような政治宣伝に乗せられた国連教育科学文化機関(ユネスコ)に対し、約50億円にのぼる拠出金・分担金等を凍結・停止」するよう求めた「声明文及び要請状」を送っている。
そして高橋史朗は、こうした主張をする「『南京大虐殺』の歴史捏造を正す国民会議」の「呼びかけ人」の一人なのだ。どこをどう見たら、「バランスの取れた」などという評価が可能なのか。そういう虚言を弄する外務省は自身のHPの記述が高橋らの主張と矛盾するはずだが、いつから否定論に与するようになったのだろう。
 高橋は、自身が理事に収まっている極右の「シンクタンク」である「国家基本問題研究所」(理事長・櫻井よしこ)のHPに、「『南京』『慰安婦』の記憶遺産阻止へ何が必要か」と題し、「①日本軍の蛮行を写したとされる16枚の写真②虐殺犠牲者を米人牧師ジョン・マギーが撮影したとされる「マギー・フィルム」③2万人以上の強姦があったと主張する『中国人慰安婦』(オックスフォード大学出版)に引用されている中国人女性、程瑞芳の日記」等々、中国側が登録申請した南京大虐殺関連の資料5点の「批判」を試みている。
 なぜか外務省は高橋の「意見書」を公開していないが、前出の『毎日』の記事によれば、「意見書」と、この「『南京』『慰安婦』の記憶遺産阻止へ何が必要か」は内容が重なるようだ。そして奇妙なのは、そこでは中国側の資料の多くを含む東京裁判と南京軍事法廷の戦犯裁判関連資料について、いずれも一切言及がない点だ。

 終章 
それはそうだろう。ポツダム宣言に則った東京裁判、及び計47BC級戦犯裁判の一つである南京軍事法廷を、日本政府や外務省が今さら否定できるはずもない。195198日に日本が調印したサンフランシスコ講和条約の第11条には、「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、且つ、日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする」と明記されているからだ。
そして、それらの判決文も、『日中戦争 南京大残虐事件資料集第1 極東国際軍事裁判関係州量編』(洞富雄編。青木書店)や、中文の『南京大屠殺史料集』に収められている。今さら菅や極右たちが「本物か検証できないし、政府として文書を見ることもできない」などと主張するのは実に奇妙だ。それこそ単なる蒸し返しに過ぎず、そんなことをして何の意味があるのか。本音は南京大虐殺の否定論だが、本音を直に言えないため、本質から外れた論議に時間を費やしてウサを晴らしているのだろう。
ちなみにそれ以外の中国側が登録申請した資料の『南京事件資料集①アメリカ関係資料編』(南京事件調査研究会編訳。青木書店)に収められており、1510月の段階でいくらでも「検証」が可能なのだ。
 外務省は148月に発表した翌年度の予算概算要求の重点項目で、筆頭に「戦略的対外発信」を掲げた。内容は、「日本の「正しい姿」の発信(領土保全,歴史認識を含む)、日本の多様な魅力の更なる発信(海外の広報文化外交拠点の創設を含む)、親日派・知日派の育成,在外公館長・在外公館による発信の更なる強化」というもの。何やら、自民党の「外交・経済連携本部国際情報検討委員会」の「中間とりまとめ」と似た表現だが、そんな大言壮語をする前に、極右の門外漢に「意見書」を作成させるような「政治的」動きをしながら、中国側のユネスコへの資料登録を「『負の歴史』の宣伝に利用されかねない」などと、見当外れの批判をするような姿勢を改める方が先決だろう。
また、『産経』の電子版1120日付に、「対中韓『歴史戦』に備え 外務省職員の定員、大幅増を 自民党外交再生戦略会議の決議案判明」という見出しの記事が掲載された。それによると、「自民党外交再生戦略会議(議長・高村正彦副総裁)がまとめた決議案の全容が19日、判明した。国際テロリズムの脅威や慰安婦問題など『歴史戦』に対抗できる強い外交基盤を構築するよう求めている」、「決議案は、伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)が開催される来年を「わが国のプレゼンスを向上させ、『地球儀を俯瞰(ふかん)する外交』を一層強力に推進する好機」と説明。靖国神社参拝や慰安婦問題で中国や韓国が仕掛ける『歴史戦』をにらみ、戦略的対外発信力を強めることを求めている」――という。
 自民党は、「歴史戦」などというおどろおどろしい用語を使ってはいないはずだが、それでもこの記事通りなら、政府と与党は「戦略的対外発信力」と称して、歴史修正主義を世界に唱えるつもりのようだ。それを『産経』あたりが「歴史戦」と煽るのは目に見えているが、この国は今後も米国に媚びへつらう一方、隣国との永続的和解という課題を投げ捨て、安倍一派流の恥知らずな過去の歴史に対する居直りと偽造に満ちた姿勢を強化させていくのだろうか。一連のユネスコをめぐる「騒動」は、それが杞憂に留まらない確実性を如実に示したように思える。

(注1)俵義文「教科書の戦争記述が変化した背景」『教科書から消される「戦争」』(金曜日刊)収録
(注2【全文起こし】自民党・国際情報検討委員会委員長・原田義昭 衆議院議員インタビューURLhttp://www.tbsradio.jp/ss954/2015/10/post-313.html
(3)稲田については、次のようなニュースがある「自民党は11日、日清戦争から東京裁判、GHQ(連合国軍総司令部)の占領政策などを検証する安倍晋三総裁(首相)直属の新組織を立ち上げることを決めた。結党60年を迎える今月中に発足させ、トップには谷垣禎一幹事長が就く。稲田朋美政調会長が6月、東京裁判について『判決理由にある歴史認識はあまりにもずさん。日本人による検証が必要だ』などと設置を明言した。ただ、こうした動きは歴史認識を重視する中国や韓国だけでなく、戦勝国・米国の反発を招く恐れがあるため、穏健派の谷垣氏をトップにし、結論はまとめない勉強会形式にした模様だ」(『朝日新聞』電子版1112日)
 極右「日本会議」の「国会議員懇談会」顧問の谷垣が、「穏健派」なのか。いずれにせよ稲田のこうした試みは、要注意だろう。


成澤宗男(なるさわ・むねお)
1953年、新潟県生まれ。中央大学大学院法学研究科政治学専攻修士課程修了。政党機関紙記者を務めた後、パリでジャーナリスト活動。帰国後、衆議院議員政策担当秘書などを経て、現在、週刊金曜日編集部員。著書に、『オバマの危険』『9・11の謎』『続9・11の謎』(いずれも金曜日刊)等。

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